高野ひと深『ジーンブライド』「社会と向き合ってみようと思えた日に、ふと思い出してもらえるようなマンガを描き続けたい」

高野ひと深『ジーンブライド』インタビュー

価値観が違う蒔人と武智は、たくさんの会話を重ねている

――聡子にとって真修との出会いが、日常の閉塞感を打ち破るきっかけだったように、『ジーンブライド』の主人公・依知(いち)も、蒔人という変わり者の元同級生と再会することで、自分自身を縛りつけていたものから解放されていきます。その間にある感情は、聡子と真修の間にあった「好き」と違って、「なんだこいつは」という怪訝な感じなのも、とてもおもしろいです。

高野:蒔人は本当によく動いてくれるので、とっても描きやすいキャラクターで助かっています。彼の行動原理は徹底的に自分自身を軸にしているので、とにかく「エゴイスト」なんですよね。だからとてもシンプル。

 かたや依知は、「自分が誰かを助けるように、もちろん蒔人も自分のことを助けてくれるはずだろう」と、蒔人を自分の都合に勢いよく巻き込んでしまうことが多々あるのです。

 しかし、どんな時も蒔人が明確に「NO!」を突きつけてくれるので、「あ! そうだった、この人は私じゃなくて他人だった!」と、依知の癖である同一化に気づくことができる。あら、いい人間関係じゃないのよ〜、と私自身もふたりを眺めることができています。

――蒔人のルームメイトの武智さんもいいですよね。本作で描くのは、男性社会に対しての怒りであって、男性個人への怒りではないことを示すために蒔人を描いた、とヤマシタさんとの対談でもおっしゃっていましたが、ごく普通に社会性のある男性でありながら、依知だけでなく、男性社会に適応できない蒔人に対しても、フラットに接することができる武智もまた、社会の希望のように映ります。

高野:わ〜嬉しい! 私も、武智が出るとすごくホッとするので気に入っています。あと、なぜか、武智をペン入れする速度が一番速いです(笑)。

 武智は、自分の作ったアプリを自分で営業する仕事をしているので、基本的なコミュニケーション能力は高め。加えて、蒔人のようなこだわりの強い人を、許したり諦めたりするのが苦ではない人間なので、蒔人を理解するのも早かったんじゃないのかなと想像しています。

 ただ、彼も菩薩ではなく人間なので、蒔人の振る舞いに限界を感じたらすぐにホワイトボードやパワポを使ってがっぷり話し合いを行います。だいたい、月1ペースで(笑)。

――2巻に、その様子が垣間見える場面がありましたね(笑)。確かに、武智の美点は、ただ相手を受け入れるだけでなく、お互いができるだけ心地よく過ごせるように、win-winの着地点を探すための話し合いを諦めないところかも、と今思いました。そしてそれこそが、多様性と言われる社会で他者と手を取り合うためには、何より大事なことなのだと。

高野:そうですね。自分と価値観がまったく違う蒔人と武智は、無駄話も含めてたくさんの会話を重ねている。だからこそ、エコーチェンバーが発生することもなければ、ストレスの吐口として弱者に矢印を向けたりすることもなく、人と関わっていけるのだと思います。武智はきっと、自分自身をケアする能力が高いんでしょうね。うん、やっぱり素敵だなあ(笑)。 

もっと違う視点や広がりがあってもいいんじゃない?

――そうした現実の人間関係や、それに伴い発生する怒りや傷つきを描きながら、1巻のラストでは依知にそっくりの「壱」という少女が現れるという、SF展開を見せたことも読者の心をわしづかみにした理由の一つでした。


高野:えー!? ってなりましたよね、すみません(笑)。3巻でがっつり触れる部分なので、あまり詳しくはお話できないのですが、社会の不均衡やマイノリティの問題について考える時、社会にとって“生産性”や“人間的価値”のある人間とは何なんだろう、一体誰にとってどのような存在を示すのだろう、という問題に向き合わざるをえません。そこには、ジェンダーと遺伝子(優生思想)は切っても切れない関係性があるなと感じたので、今回のテーマに据えることにした結果、こういう感じになっています。

――タイトルからしてジーン(遺伝子)のブライド(花嫁)ですもんね……。そもそも同じ学園で育った子供のころ、依知が蒔人の「ジーンブライド」に選ばれたことがある、という過去もちらりと明かされています。そして、どうやら壱も同じ学校に通っているようで、社会に役立つための優秀な人間となるか、あるいは子を産み育てる側に立つか、人生にはその二択しかないのだと教えこまれている様子が窺える。そんな彼女が、映画を通じて「もっと別の選択肢があるのかも!」と気づいていくところが、とても好きでした。

高野:たぶん、メッセージとしては「既存の価値観とは逆張りをする」方が強く響くし、描くのも楽だと思うんです。だけど、それだと議論が発展していかない。だから、既存の価値観を100%否定するのではなく、もっと違う視点や広がりがあってもいいんじゃない? と、問いかけてみることを常に心がけています。

 フェミニズムは時代に合わせてどんどん現状を革新していく運動なので、既存の価値観の存在を点検しつつ、多様な声を聞いてアップデートしていかなければならない。間違っても誰かを打ち負かしたり、論破することが第一の目的ではないということも、常に意識しています。とはいえ、差別的な価値観に限ってはどんな理由にも関わらず、後世に絶対に残してはならないものなので、全否定していかないと、とは思っていますけどね。

 ただ、そんなことを言いながら、私自身もきっと、無知であるがゆえにいろんな属性の人たちを知らず知らずのうちに排除してしまっていると思うんです。自分の差別意識を自覚しつつ、勉強を重ねて視野を広げていきたいです。先は長いです……!

©高野ひと深/祥伝社フィールコミックス

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