『幽☆遊☆白書』戸愚呂弟と仙水忍はなぜダークサイドに堕ちたのかーー哀しき悪役の人生

『幽白』哀しき悪役たち

 バトル漫画にはさまざまな悪役が存在する。悪役がサイコパスであったり、凶悪な人物だったりすれば、倒されたとき、爽快な気分になる読者も多いだろう。

 ところが悪役の中には、「悪者にならざるをえなかった」人物も存在する。育った環境が違っていたら、事件に遭遇しなかったら、あの人に出会っていなかったら……彼らは被害者としての一面もありながら、悪役として残虐行為に手を染めることになる。かばうこともできない難しい存在で、まさに「哀しき悪役」なのである。

 長い漫画史のなかで挙げればきりがないが、今回は伝説的な少年漫画『幽☆遊☆白書』で哀れな末路を迎えた悪役たちについて考察したい。

戸愚呂弟が最後に見せたやさしい笑顔

 『幽遊白書』を不動の大ヒット作にしたのはなんといっても「暗黒武術会」だろう。主人公の幽助は仲間の桑原、蔵馬、飛影、そしてのちに正体が明かされる謎の人物と5人でチームを組み、トーナメント戦で個性豊かな敵と対峙しながら勝ち上がっていく。

 彼らにとってのラスボスは戸愚呂チームだ。暗黒武術会の前の戦いで戸愚呂兄弟とは因縁のある幽助は、味方に危害を加えられると強さを増す。戸愚呂弟によって殺された(と思わしき)仲間・桑原を見て、負けそうだった幽助は自分の限界を超えて戸愚呂弟を倒す。しかしその戸愚弟は、あえて桑原の致命傷をはずし殺したと見せかけていた。戸愚呂弟はずっと待っていたのだ。自分を倒してくれる敵を。

 振り返ると戸愚呂は、兄弟ともにもともとは人間であり、後に幽助の師匠となる幻海とは修行仲間だった。回想シーンを読むと、戸愚呂弟と幻海は相思相愛でありながらお互いに言い出せなかった関係のようにも見える。

 強くなりたいと願う戸愚呂弟。彼の運命が変わったのは妖怪に弟子たちを殺された時だった。その後に行われた暗黒武術会で復讐を果たし優勝した戸愚呂弟は、その褒美として兄とともに妖怪になる。

 彼は強さを追い求めながらも、一方で自らが弟子たちを殺した妖怪と同じ立場になったことに嫌悪感も抱いていたのではないだろうか。数々の殺戮を繰り返しながら、負けるほど強い敵に巡り合いたいという彼の願いは高潔とも言える。

 これは大きな矛盾だ。悪として裁かれないといけない戸愚呂兄は、裁かれたいと願っていたのだ。死んで霊界に行った戸愚呂弟は、死者の中でもっとも残酷な道を進むことを申し出る。

 これは閻魔大王の息子・コエンマや幻海が止めても耳を貸さないほどの強い願いであり、最後に幻海を振り返った戸愚呂弟は、トレードマークのサングラスをはずしやさしい笑顔を見せた。

 やさしさ。それこそが戸愚呂弟の本当の姿だったのではないだろうか。弟子たちが惨殺される悲劇にさえ見舞われなければ、人間として強さを極め、幸せな生涯を送っていたかもしれない。

 なお、戸愚呂兄弟の兄は性格も品性も弟とは異なり、下劣で残虐だ。暗黒武術会で桑原に殺されたと思いきや、次の仙水編で再び登場するのだが、無実の人間を死に追いやり不死身の命を手に入れていた。激怒した蔵馬は戸愚呂兄を打ち負かし、死ぬこともできずに永遠に蔵馬と戦い続ける妄想を見なければならない生き地獄に突き落とされる。

 同じ悪役、兄弟であっても、戸愚呂兄と戸愚呂弟を見て抱く感想は正反対だろう。戸愚呂弟を哀れだと思う読者の多くは、戸愚呂兄に対しては「いい気味」と思わずにはいられないはずだ。

人間の残酷さを目の当たりに 豹変した仙水

 幽助の次なる戦いのラスボスは仙水忍だ。戸愚呂弟が妖怪に弟子たちを殺されたのとは裏腹に、仙水は人間の残酷さを見て「悪者」となる。

 もともとは霊感があり妖怪を憎んでいた人間の仙水は、コエンマに任命された霊界探偵だった。潔癖で正義感の強い性格だったが、ある日、任務の最中に殺戮や拷問にいそしむ人間たちの姿を見てしまい心が崩壊する。

 その後、人間のありとあらゆる残忍な姿が映された零界のビデオを盗み行方をくらました彼は多重人格者となり、魔界へとつながる暗黒トンネルを開くことを目標とする。死病に犯され幽助にも敗れた彼は命を落とすが、生前、死んでも霊界には行かないと口にしていたため、長年のパートナーである妖怪の樹が亜空間へと連れて行った。

 人間であるために精神が乱れ、多重人格者になり、死病を患った仙水は戸愚呂弟とは異なる個性を持った悪役だ。最後も霊界へ行かず裁かれることもない。

 だが、戸愚呂弟にとって弟子たちの虐殺が契機であったように、仙水にとっては残酷な人間の姿を見たことが人生を狂わせるきっかけであった。きっと彼は今も霊界に行かず永遠の眠りについている。仙水編の終盤には、寄り添う樹と眠る仙水の場面が描かれ、このうえない悲しみと美しさを感じさせる。絶望が先に待ち受けていようと、死んでようやく自分本来の姿に戻れた戸愚呂弟とは一線を画し、もしかすると戸愚呂弟以上に哀しい末路だったのかもしれない。

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