大人にこそ読んでほしい、アニメ映画のような絵本ーー小野寺系が読み解く『ドクターバク』の魅力

大人向け絵本『ドクターバク』

人の心の中には暗闇があっていい

 本作の物語を担当した、書籍編集者の岸田健児が表現するのは、“人の心の中には暗闇があっていい”という考え方だ。純粋な子どもも、大人になっていくに従って、人には言えないような感情や欲望が育っていくものである。しかし、ドクターバクが一つ残らず「クラヤ実」を食べ尽くそうとしたように、それを“あってはならないもの”だと考えるのには、無理があるはずだ。人間には、どうやっても暗い感情が芽生えてしまうときがあるからである。

 もちろん、その感情に飲み込まれて悪事に加担したり、他者をいたずらに傷つけるようなことがあってはならないが、内心の世界から暗い部分が全て排除できない以上、われわれ人間は、それとうまく付き合ってなだめていくしかない。そして、暗い感情と対峙することが、自分自身を成長させることになるのではないか。この考え方は、光と闇が互いに依存しながら世界を成立させているという、東洋の「陰陽」の思想にも通底するものだ。

 こういった、心のなかの負の部分をポジティブにとらえようとするテーマは、これから成長していく子どもたちや、大人の気持ちをも軽くすることにつながるのではないだろうか。苦しければ部屋に引きこもる時期があっても構わないし、辛い仕事を辞める選択肢も悪いことではない。人間に悩みがあり、浮き沈みがあることが前提なんだと多くの人がとらえられれば、社会はより暮らしやすいところになるのではないだろうか。

 もちろん本作は、あくまでファンタジー作品である。実際の人間の心理を、この世界観から理解しようとすると、いろいろな支障が出てくるおそれがある。しかし、ピクサーの『インサイド・ヘッド』(2015年)や『ソウルフル・ワールド』(2020年)がそうであるように、現実の要素を架空の仕組みのなかに大胆に放り投げているからこそ、抽象的にとらえ直すきっかけになるかもしれない。


 夜空の星々が、暗闇のなかで見るからこそ輝くように、闇があるからこそ光が存在できる。『ドクターバク』は、そんな本作のテーマを暗示するビジュアルを、繊細な陰影と照明効果を駆使することで表現した。アーティストの特性が、絵本の物語や思想と重ねられているのだ。『ドクターバク』は、その意味で強い印象を残す一冊になったといえるだろう。

■書籍情報
『ドクターバク』
ゴキンジョ 著
発売日:7月15日
価格:¥1,650
出版社:サンマーク出版
https://www2.sunmark.co.jp/drbaku/

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