『攻殻機動隊』銃器から浮かび上がる、戦争へのペシミズムと技術発展へのオプティミズム
模型や武器が大好きなライターのしげるが、“フィクションにおける武器”あるいは“フィクションとしての武器”について綴る連載「武器とフィクション」。第6回は士郎政宗の『攻殻機動隊 THE GHOST IN THE SHELL』の「銃器」を取り上げる。(編集部)
第1回:『チェンソーマン』のチェンソーはいかにして“最恐の武器”となったか?
第2回:『ザ・ファブル』が示す、最強の武器とは? ファブルという名に込められた意味
第3回:『進撃の巨人』は立体機動装置こそが最重要の仕掛けだった
第4回:『ベルセルク』漫画史に残る唯一無二の武器! フィクションと現実との境界線に突き立つ「ドラゴンころし」
第5回:弐瓶勉『BLAME!』重力子放射線射出装置に詰め込まれた、行き当たりばったりさと過剰なハッタリ
銃器類から浮かび上がる、フィクションとしてのありよう
士郎政宗が1989年から『ヤングマガジン海賊版』にて連載し、1991年には初版が発売されたコミック『攻殻機動隊 THE GHOST IN THE SHELL』。この作品で描かれた未来像は、現在数多くの点で現実と重なり合っている。特にネットワークの存在とその影響に関する描写の深みは、世界的なインターネット普及以前に描かれた作品としては驚異的な密度と説得力を持っている。
では、作中に登場する武器についてはどうだろうか。『攻殻機動隊』に登場する武器の中で最も印象的なものは、思考戦車(作中では「シンク」とも呼ばれていた)のフチコマだろう。垂直面も這い回り、光学迷彩で姿を消し、腕部に取り付けられた機関砲で装甲された敵であろうと粉砕する。「個別の経験を並列化することで戦闘経験のフィードバックを得る、マスコット的なAI搭載の超小型戦車」というアイデアは、現在でも魅力的なガジェットであることは間違いない。
しかし、フチコマは本作がSFコミックであるからこそ存在しえたガジェットである。彼らは近未来の兵器であり、当然ながら現実には存在していない。現在の我々の世界と地続きな兵器ではないし、もしもAIを搭載した軽戦車のような兵器が今後登場するとしても、フチコマのような形態をとるかはわからない。思考戦車は、本作がSFであるという点に強く依存した兵器である。
では、より地に足のついた武器、例えば銃器類についてはどうだろうか。ガンアクションシーンが多くある『攻殻機動隊』では、当然ながら銃器類も多数登場する。最初から架空の存在である思考戦車を参照するよりも、現実から地続きである銃器類を参照した方が、フィクションとしてのこの作品のありようが明確に浮かび上がってくるのではないだろうか。
今回は、この問いに基づいて『攻殻機動隊』に登場する銃器と作品全体との関係を見ていきたい。なお本稿では、特に但し書きなく『攻殻機動隊』と表記してある場合は、1991年に出版されたコミック版を指す。
モデルとなったFN P90
『攻殻機動隊』において、自動小銃以上の大型火器の発砲シーンは意外に少ない。車両やアームスーツといった大型のターゲットに対する攻撃は基本的にフチコマによって行われており、人間大のターゲットに関する攻撃はセブロM5のような拳銃が使われている。第8話「DUMB BARTER」でボーマが使った大型対戦車火器のような例は、作中ではあくまで例外だ。
一方で、9課をはじめ公安組織で使われている自動火器として劇中に登場するのが、セブロC25である。さまざまな銃が登場する『攻殻機動隊』の中でも特に印象的なものであり、7話「PHANTOM FUND」冒頭では公安の装備班がC-25AとC-26Aを調達し素子にチェックさせるシーンがあることから、公安の制式装備として運用されていることがわかる。
このC-25に関して、コミックの欄外で繰り返し述べられているのがFN P90との関連だ。61ページ1コマ目の外には「FN P90の、マガジンを下に移したものと考えてくれい!」と記述されているし、先述の第7話冒頭でも「マガジンはFN社P90と同様の機構」と説明がある。では、FN P90とはどのような銃なのか。実のところ、この銃について一言で言い表すのは難しい。「短機関銃のように扱うことができる、小型で高威力な自動火器」といったカテゴリーの武器である。
P90の開発が始まったのは、1986年のことだ。当時NATOはPersonal Defense Weapon(PDW)という新カテゴリーの小火器を求めていた。軍は最前線で敵と撃ち合う職種以外にも、輸送や建設、衛生、さらに各種航空機など機材の搭乗員といった後方要員を多数抱えている。戦争の形態の変化によってこれら後方要員が直接戦闘に巻き込まれることが増えた結果として、従来彼らが携行していた拳銃や短機関銃よりも強力な火器が求められることになった。この「従来よりも強力な後方要員向け自動火器」というカテゴリーに、PDWという名称が付けられることになった。
FN社はPDW開発にあたり、1986年から専用弾薬の開発を始めた。最終的に5.7㎜×28 FN SS190弾薬となったこの銃弾は、非常に特異なデザインとなっている。一般的な拳銃弾よりもやや大ぶりな薬莢に、より大型のライフル弾に見られるようなボトルネック(薬莢先端が絞られた形状)が設けられており、また弾頭は鋭く尖っている。この銃弾の初速はおよそ650m/秒であり、現在さまざまな拳銃で使われている9㎜×19 パラベラム弾薬の初速が約320~450m/秒であることを考えると、相当に高速で弾頭を飛ばす銃弾であることがわかる。
先鋭的な弾頭を高速で飛ばす必要が生まれたのは、開発当時すでに兵員用の防弾装備の一般化・高性能化が始まっていたことによる。東西冷戦がまだ終わっていなかった時期でもあり、強力な防弾装備に身を固めたソ連兵やゲリラ・テロリストによって後方要員が襲撃される危険が無視できなかったのである。そのためPDWには、貫通力が高く強力な銃弾と、それを発射可能ながら携行しやすくコンパクトにまとめられた銃本体が求められた。
P90のデザインも、銃弾同様に特異なものだった。全長を短く収めるためにブルパップ(グリップと引き金よりも後方に弾倉と機関部を配置する方式)型のレイアウトを採用。大きく湾曲したグリップとフォアグリップは人間工学に基づいた形状となっている。また装弾数を増やすため、マガジンはレシーバー上部に銃身と並行に配置。マガジン内には銃弾は横向きに複列装弾されるが、マガジン末端のスロープで90°回転させることで薬室へ送弾される。それまで各国で採用されてきた小火器とは大きく異なるP90のデザインは、現在の目で見ても充分に「未来の銃」という雰囲気が漂う。
『攻殻機動隊』が不定期連載されていた1989年ごろは、このP90が初めて姿を現したタイミングに近い。P90が一般的に大きな知名度を獲得したのは1997年に行われた在ペルー日本大使公邸占拠事件での突入作戦であり、この時ペルー軍突入部隊の一部によって運用されたことで、P90は一躍有名となった。それよりもずっと早い時期にこの火器のSF的な存在感に気付き、さらにそれを発展させた銃を劇中に登場させていた点は、さすがとしか言いようがない。
士郎政宗がP90に注目したのは近未来的な見た目も理由だろうが、おそらく前述の高初速かつ高貫通力を持った銃弾を連射できるという性能も大きな理由となっている。『攻殻機動隊』の219ページ欄外にはHV弾についての説明が掲載されている。「HV」とは「High Velocity」の略で、その名の通り高速弾のこと。『攻殻機動隊』の作中ではP90以降このカテゴリーの弾薬がハンドガンやサブマシンガン用に続々と開発され、防弾装備やサイボーグを相手にした戦闘で一般的に使われていると、この欄外には書かれている。つまり『攻殻機動隊』の作中はPDW用の小口径高速弾および、それを運用することを前提として開発された小火器が軍や法執行機関の標準装備となっており、少なくともプロ向けとしては従来型のライフルや拳銃のシェアがほぼなくなった世界なのである。
だが現実には、PDW型の火器が軍や法執行機関で大きなシェアを獲得するには至っていない。専用弾薬を運用部隊へ補給する必要があるPDWは既存弾薬のために組み上げられた補給体制と相性が悪く、既存の銃と互換性がないPDWは訓練や整備にも問題がつきまとった。ボディアーマーの性能向上によってPDW用の高速弾の存在意義も低下し、さらに既存の銃を短縮したものなどで当初PDWが担うはずだった役割がまかなえてしまったのである。