生誕120年の横溝正史復刊 金田一耕助シリーズの傑作・怪作をミステリ評論家がレビュー

生誕120年の横溝正史復刊 金田一耕助シリーズの傑作・怪作をミステリ評論家がレビュー

3 『びっくり箱殺人事件』

 帯の惹句は「異色、復刊!」。

 ノン・シリーズの表題作は横溝には珍しいコミカルなドタバタ活劇ミステリであり(ギャグの中に手掛かりを紛れ込ませているあたりが流石である)、文士劇となって江戸川乱歩をはじめとする当時の探偵作家たちが登場人物を演じたという点でも話題性のある作品だが、ここで紹介したいのは同時収録の短篇「蜃気楼島の情熱」だ。

 岡山を訪れて、恩人の久保銀造(『本陣殺人事件』の登場人物)と旧交を温めた金田一は、久保からアメリカ帰りの資産家・志賀泰三を紹介される。志賀は瀬戸内海の島に竜宮城のような壮大華麗な御殿を建て、そこに若い後妻とともに住んでいる。だが、志賀には先妻を殺害されたという悲しい過去があった。そして、またしても悲劇が彼を襲う。

 冷酷な犯人が考えた血も涙もないトリック、その犠牲となる被害者の哀れさ、ラストシーンのしみじみとした余韻。本格ミステリとしての骨格の見事さと、小説としての豊かさとが理想的なかたちで融合している。金田一シリーズの短篇では五指に入るであろう傑作だ。

4 『金田一耕助の冒険』

 帯の惹句は「麗人、復刊!」。

「〜の中の女」というタイトルで統一された十一篇を収録した短篇集。いずれも、金田一が等々力警部と組んで事件を解決するが、一篇を除いて、ラストは金田一が記述者(つまり著者である横溝本人)に真相を説明する場面で締めくくられている。

 どの作品も分量的には短めだが、限られたページ数の中で、魅力的な冒頭の謎、考え抜かれた犯罪計画、それを暴く金田一の推理……といった要素がバランスよく配置されている(中には、金田一の推理をもってしても解けない謎が残る作品もあるけれど)。短篇なのに連続殺人に発展する話が多いのも特色だ。異常すぎる犯行動機に戦慄させられる「鏡の中の女」、海水浴に来た金田一のすぐそばで殺人が行われる「傘の中の女」、思い切ったトリックが金田一を翻弄する「鞄の中の女」など印象的な作品が多い。個人的なベストは、他殺死体を目撃した女が巡査を連れて現場に戻ってみると死体が消えていた「泥の中の女」。コントすれすれの珍妙な真相はちょっと忘れ難い。

5 『死神の矢』

 帯の惹句は「遊戯、復刊!」。

 考古学者の古館博士は、娘の早苗の3人の求婚者から、海上に設置したトランプのハートのクイーンを矢で射抜いた者を婿として選ぶと宣言した。早苗の周囲の人々は反対するが、博士は意に介さない。この奇妙な婿選びの直後、求婚者のひとりが矢で殺害される。

 令嬢の求婚者3人が次々と殺される……と紹介すれば、横溝の代表作のひとつ『女王蜂』を思い出すだろう。また、事件の真相は横溝の別の代表作を想起させる。その意味で、プロットの面では著者の手癖みたいなものが前面に出た作品なのだが、第一の殺人、第二の殺人それぞれに施された偽装トリックはいずれも独創的で面白いし、そこから浮かび上がる犯人のただならぬ情念も印象的。

 併録の「蝙蝠と蛞蝓」は、第三者から見れば金田一耕助は実は得体の知れない存在である……という着想が面白い。冤罪を着せられた主人公が、真犯人は金田一だと見当違いな主張をするくだりが笑いを誘う。

(番外編:怪作) 『吸血蛾』

 帯の惹句は「狼男、復刊!」。

 人気ファッションデザイナーとして業界に君臨する浅茅文代の周囲に出没する、狼のように尖った歯をもつ不気味な男。やがて、文代の専属モデル「虹の会」のメンバーが次々と惨殺されてゆく……。

 これは傑作というより怪作と評するべきだろう。10人近い犠牲者が出るのに(しかも途中からは誰が狙われるか大体見当がつくのに)、ちっとも事件を阻止できない金田一と警察が実に頼りないし、よくよく読むと犯人のアリバイが成立してしまっているとしか思えない箇所がある(その点についての説明は何もない)など、本格ミステリとしては明らかに破綻している。

 とはいえ、読みどころが何もないわけではない。いつもの横溝の日本的土俗の世界ではなく、彼がこよなく敬愛したジョン・ディクスン・カーの作品を想起させるような西欧的な狼憑きの恐怖を持ち込むという剛腕ぶりは金田一シリーズの中でも異彩を放っているし、ファッションモデルが次々と惨殺されるという構想は、栗本薫の『天狼星』に影響を与えているのではないだろうか。

 なお、本稿では角川文庫の復刊を中心に紹介したが、柏書房からは日下三蔵・編による「横溝正史ミステリ短篇コレクション」全6巻、「由利・三津木探偵小説集成」全4巻、「横溝正史少年小説コレクション」全7巻、「横溝正史エッセイコレクション」全3巻が刊行されている。文庫と比較すると少々値が張るけれども、横溝ワールドをより深く掘り下げたい読者にはこちらもお薦めする。

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