アニメ映画『神々の山嶺』公開を機に考える、世界的漫画家・谷口ジローの魅力

 谷口ジローには、『神々の山嶺』より先に登山を描いた漫画が存在する。登山経験を持つ漫画原作者の遠崎史朗とコンビを組んだ『K』だ。国籍も名前も不明なケイという男が、カラコルム山脈のK2やヒマラヤ山脈のプモ・リ、そしてエベレストといった山々に挑んだクライマーが遭難した際に、救助に向かうというストーリー。石塚眞一の漫画『岳 みんなの山』の国際版とも言え、どれだけ危険に見えてもケイが向かえば確実に救出できるというところは、登山版ブラック・ジャックのような内容だ。

 ただし、金で動かないところがケイとBJは少し違う。ケイの凄いところは、圧倒的なクライミングのテクニックを持ちながら100%無理なら絶対に動かないところ。逆に1%でも可能性があれば出向いていって氷壁を登り、雪崩を耐えて遭難者までたどり着き、麓へと降ろす。そんな男の格好良さを、緻密な山の描写と相まり引きつける。そびえたつ氷壁にぽつんと張り付くケイの姿、そして凍り付くようなケイの表情からは山の過酷さが強く伝わってくる。

 ルーヴル美術館が漫画を"第9の芸術"と呼んで日本の漫画家を支援するプロジェクトを行った。その際に谷口ジローは、ルーヴル美術館をテーマにした『千年の翼、百年の夢』という作品を描いている。きっかけを問われた谷口ジローは「1か月ほどパリに滞在してルーヴルに通いました。厖大な作品を見て頭が混乱してしまいましたが、だんだんと自分の気持ちが解放されて、そしてルーヴルには何か不思議なものが住んでいるのではないかと感じました」と話していた。

 ひとりの日本人の男がパリに滞在中、ルーヴルに行くと不思議な女性が現れる。その女性は、彼を来場者でごった返していない「モナ・リザ」の部屋へと連れて行く。女性はたびたび現れ、彼をコローの模写をしていた浅井忠やオーヴェルに住んでいたゴッホと引き合わせ、名画が生まれた背景や画家たちの思いに触れさせる。谷口ジローの描き込まれたモノクロの絵になれていると、この作品は、同じように精緻でも淡く塗られたオールカラーの作品で、とても優しく、違った印象を与えてくれることだろう。

 6月30日には矢作俊彦の原作を漫画にした『サムライ・ノングラータ』がハードカバーで再刊された。こちらはうってかわってハードボイルドなスパイアクションを、メカや美女もたっぷり交えて描きあげている。井之頭五郎が淡々と飯を食う姿を見るのも確かに楽しい。しかし、絶対にそれだけでは語り尽くせない谷口ジローの漫画の魅力を、『神々の山嶺』の公開を機に発見していきたいものだ。

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