武田砂鉄×横田増生が語る、ナンシー関という才能「みんなテレビで同じものを見ているんだけど、誰もこうは書けない」
テレビに勢いがあった時代に
武田:ナンシーさんのコラムは、実際に楽屋でどういう話をしているとか、誰と飲み会に行っているとか、そういう話はまったく採用しませんでしたね。横田:テレビの中の事情は汲み取らずに批評を成立させた人でしたね。「内側のごちゃごちゃした事情を知っていますよ」というテレビ批評のやり方ではない。
中山秀征と松本明子と飯島直子が出ていた「DAISUKI!」は、自分たちがどれだけ仲がいいかを見せるバラエティ番組で、一緒に同じスプーンで何かを食べたりしていた。ナンシーさんはそういうのは大嫌いだったんですね。気持ち悪いから見たくないと。
一方でナンシーさんが好きだったのは、大食い選手権。テレ東の大食い選手権が大好きで、それをTBSが引っ張っていったでしょう。それがどれだけあくどいかを書いていましたね。テレビ東京だとある種のゲテモノ扱いなんだけど、TBSではアスリートの対決のようであまりにも綺麗すぎると。
武田:同系統の番組の増殖には厳しかったですね。文春のコラムでは、ものまね番組について書いていたことがありました。どんどん増殖すると、披露されるものまねが粗くなる。「三田村邦彦の河村隆一のまねとかさ。カラオケとどう区別するのか」と書いています。
横田:やっぱりナンシーさんが生きていた時代のほうがテレビに勢いがあった。いろいろな人が出てくる隙間がありましたよね。神田うのも、サッチーもミッチーもそうだし。
武田:隙間に誰が生息していたのか、ということですよね。なんでこういう人がずっと出ているんだろうと。西田ひかるの誕生日会をしつこく追っていたりとか。
横田:そこら辺の拾い方がうまいですよね。
今の芸能界に何を思うか
武田:亡くなったのは日韓ワールドカップの年でした。石田純一がワールドカップのチケットが取れると自慢げに語っていたことを引っ張り上げていました。
日韓ワールドカップ以降、「ぷちナショナリズム」といった言葉も聞くようになりましたが、こうした社会の空気感の気持ち悪さに反応していましたよね。この感じは20年で強まりました。そして、「今、もしナンシー関がいたら」と続けたくなるのは、やっぱり、今の松本人志についてでしょうか。
横田:元々はダウンタウンが大好きでしたけれど、松本人志も年齢とともに変わってきましたからね。ほぼ同い年だったナンシー関は、今どう思うのか聞いてみたいところです。
武田:芸能界のトップにいる人たちがワイドショーに出て、ニュースについて言及すると、彼らが言っているというだけで賛同する流れがある。ナンシーさんは政治についてはほぼ言及していませんでしたが、今だと当然言及せざるをえないでしょうね。なぜならその手の人たちの発言が影響力を持ってしまっているから。
横田:お笑いでトップをとったからといって、政治を語っていいのかと思います。ナンシーさんがその辺りを見逃したとは思わないし。今の状況に黙っているとは考えづらいですね。
今ご存命だったら、60歳になられるんですね。まだ活躍しておられても不思議じゃなくて。テレビや芸能界も変わってきたので、時代に応じて彼女も変化したでしょう。ナンシーさんは、ブログのようなページを立ち上げたのもすごく早くて。そこで消しゴムで作ったマウスパッドをプレゼントで配ったりしていました。そういう新しい動きにも対応できた人でした。YouTubeやTwitterなどを批評していたかもしれません。まだまだ切れ味はあったに違いないと思います。今、ナンシーさんが生きて活躍しているところを見たいなと思いますね。
■書籍情報
『評伝 ナンシー関「心に一人のナンシーを」』
横田増生 著
初版刊行日:2022年5月24日
判型:文庫判
ページ数:400ページ
定価:1100円(10%税込)
ISBNコード:ISBN978-4-12-207214-5
異能の消しゴム版画家・ナンシー関の傑作評伝が待望の復刊。リリー・フランキー、宮部みゆきなど多彩なインタビューでその生涯に迫る。〈解説〉与那原恵