縄文人のルーツはどのように判明した? 人類学者が語る、古代ゲノム研究のおそるべき技術革新

古代ゲノム研究が明かす人類の起源

自分のなかにも多様性を抱えておくことが大事

ーー篠田さんはなぜ、人類学の道に進んだのですか。

篠田:単純に面白いと思ったからです。学生時代は古生物だとか化石の研究をやりたいという思いが漠然とあって、地質学教室の化石部屋を覗いていたら、リンボクという中国の南部に生えていた木の化石があったんですね。それは福岡県の古墳から出てきたと。「なんで中国のものがあるんですか?」と教授に聞いたら「当時の誰かが持ってきたんだろう」と。千数百年前に中国の化石を見て「奇麗だな」と思って持ってきたやつがいたということが面白いなと。それで人類学に進みました。あのときリンボクそのもののほうが面白いと思っていたら、古生物学者になっていたんでしょうね。

 私が学生だった1970年代は、あまり役に立たないことを研究したほうが良さそうだという風潮もありました。60年代の「科学は明るい未来を作るんだ」という『鉄腕アトム』的な認識から、科学によって公害が起きたんだという認識に変わっていった時代です。役に立つというのはちょっと危険だという意識は今もあります。

 骨というのはちゃんと「読む」のに時間がかかるんです。私は医学部の解剖学教室に20年いましたけれども、10年ぐらいかけて人間を500体くらい解剖してやっと、人間の体とはこういうものなんだとわかってきたというレベルです。昔の研究者は一生それを続けたんです。ここは博物館ですから、「博物館行き」という言葉があるように、古いものが収まっていて、昔からの研究を続けている方もいらっしゃいます。けれど、世の中がなかなかそれを許してくれない時代になりました。

ーー役に立つものを研究しなければならない、と。

篠田:圧としてはそれが強いですね。あまりあからさまには言えませんが、なんとか役に立たないことをやれるフィールドをここに作っておきたいとは思っているんですけれども。実際のところ「役に立とう」と思ってやった研究に、たいしたものはないですよ。役に立たないと思われたものが、実はあとで役に立ったということの方が多いですから。

ーー冒頭で、これからのサイエンティストは技術革新が激しい時代を生き抜かなければならないと仰っていました。技術革新はサイエンティストのみならず、あらゆる職業の人々にとって大きな影響があると思います。そのような時代を生き抜くのに、どのような力が求められると思われますか。

篠田:生物が同じ遺伝子でも集団として内部にさまざまなタイプを抱えているのと同じように、自分の中にも多様性を抱えておくことですよね。何かひとつのことをやっていれば効率はいいけれど、環境が変化してそれが行き詰まったときに何もできなくなってしまいます。理科系の科学者だったら、文科系の素養を身につけておくとか、一見すると役に立たないようなことをしておくことが大切です。いろんなことに興味を持って、自分のなかに多様性を抱えこめば、きっとどこかにはたどり着けます。ホモ・サピエンスだって先が見えなかったからこそ、いろんなものを社会の中に抱え込んで、その時代に合わせて適応してきたわけですから。個人でも同じだと私は思います。

■書籍情報
『人類の起源 古代DNAが語るホモ・サピエンスの「大いなる旅」』
篠田謙一 著
中公新書
定価:1056円(10%税込)
https://www.chuko.co.jp/shinsho/2022/02/102683.html

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