縄文人のルーツはどのように判明した? 人類学者が語る、古代ゲノム研究のおそるべき技術革新

古代ゲノム研究が明かす人類の起源

今後は「空白の1万年」が明らかになっていく

ーーアフリカ大陸で誕生した人類が、アフリカを出て、世界に広がっていったのには、どのような欲求があったのでしょう。

篠田:よく聞かれるんですが、なかなか答えにくい質問です(笑)。結局は想像するしかない話になってしまいますので。私は「気がついたら広がっちゃっていた説」を支持しています。 徐々にテリトリーを広げているうちに、最終的に世界に広がっていた、と。本にも書きましたが、未踏の地に行った人たちも、もとにいた場所の人たちとのインタラクション(相互の影響)を持っていたと思います。少人数が「冒険にでよう!」と出かけたわけではなく、親族のネットワークを作りながら先へ先へと進んでいる。だから戻ることもすぐにできたと思うんです。

 また、アフリカを出たことは人類のテリトリーが圧倒的に広がるきっかけとなりましたが、当然ながら、アフリカを出ていった人類はごく一部でした。アフリカ人以外のホモ・サピエンスの遺伝的な違いはすごく小さいですから、出て行った人は多くないといわれています。ただ、そのあたりは謎も多いんです。我々の直接の祖先にあたる人たちは7~6万年前にアフリカを出たと考えられていますが、そこからアフリカ以外で化石が見つかるまでに1万年くらい空白の期間があるんです。研究者たちは今、そのあたりを調べています。そこで何が起きたのかと。

 少し前まで自然人類学の世界では、古い時代に遡って調べて、どこまでいったらチンパンジーの祖先と一緒になるんだろうと、みんな何百万年も前の古い時代の化石を探していました。けれども最近はむしろ、ホモ・サピエンスがどう成り立ったのかを研究をする人が多くなりました。今後、そうした時代の化石の発見が増えてくるはずです。

ーー大発見が続々と出てくる可能性が高く、いま注目しておくと面白い分野ですね。

篠田:ただ、ひとつ注意しておかなければならないのは、遺伝子それぞれの違いを研究していくと、「我々のほうが優秀だ」という意見とくっついてしまうことがあることです。しかし、遺伝子には違いはあれど優劣があるわけではなく、ある環境において有利な遺伝子が別の環境では不利になることもあります。たとえば最近では、ネアンデルタール人の遺伝子が新型コロナウイルスの重症化リスクを軽減する可能性が指摘されましたが、一方でネアンデルタール人の遺伝子によって別の病気にかかるリスクもあるわけです。だからこそ、人類はお互いに尊重し合って多様性を保持する必要があるのだという視点に立つことが重要です。それを理解していただいた上で、ゲノムが語る人類の起源を知ってもらいたいですね。

ーーほかには、どのような研究結果が出てくることを期待されますか。

篠田:先ほど言ったように、現代日本人の遺伝子の9割は縄文人ではなく、後から入ってきた人たちの遺伝子で、そのホームランドであると言われているのが中国の西遼河流域です。だから日本人の起源を調べるのであれば、そこから始めるべきだと思うんです。

 5千年ほど前に西遼河流域で雑穀農耕をしていた人たちがいた。彼らが広まっていき、朝鮮半島に入った。そこに稲作農耕をやっていた人たちが来て合流し、一部の人たちが日本列島に入ってきた。日本列島にも、もともと住んでいた縄文人たちがいて、「それを飲み込む形で今の日本人になりました」と書くのがおそらく一番正しいんですね。西遼河流域から朝鮮半島を越えて日本に至る経路、あるいは誰が来たのか。朝鮮半島で何が起きたのか。そういうことに一番興味があります。

ーー「日本列島に入ってくる」とはいっても、一度にやって来たとは限らない。

篠田:そうですね。何度も行き来をしていて、朝鮮半島と北部九州などの一部の日本列島が同じ文化圏になっていた時期があるはずです。実際、朝鮮半島から日本の土器が出てきているので、考古学的にはすでに行き来していた時期があったことはわかっています。そして、モノが動いていたということは人も動いていたはずなので、その辺りを分子人類学で解き明かせたら面白いです。最近、ようやく考古学者の人たちと話が合うようになってきたんですよ(笑)。考古学はすごく細かいことを調べてきていて、人類学はもっと大まかな話をしてきたんですが、研究が進むことで一致するところが増えてきました。

ーー他の分野の研究者と連携することによって、わかってくることもありそうですね。

篠田:私も参加している「ヤポネシアゲノム」という、国立遺伝研究所の斎藤成也さんが始められたプロジェクトが、まさにいろんな分野の人と一緒に研究するものです。たとえば、人が移動すれば動物も動いたでしょう。積極的に動いたのは犬でしょうし、くっついてくるのはネズミなんかだったでしょう。そうした動物の古代ゲノムを調べながら、人間の動きとどう違っているのかということを調べています。

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