『鬼滅の刃』『天気の子』のルーツは神話にあった? 神話学者がエンタメ作品を考察
現代のフィクションはすべて、太古に作られた神話の二次創作ではないか。本書『すごい神話―現代人のための神話学53講―』を読むと、そんな錯覚を抱く。Webマガジン「考える人」(新潮社)の連載をまとめたこの本は、神話学者・沖田瑞穂による面白かった映画やゲームの話をSNSでするような雑談感覚の講義を通じて、神話の世界に気軽に触れられるのが魅力。『進撃の巨人』やスマホRPG『Fate/Grand Order』などの人気エンタメ作品について、神話を基にしたユニークな考察が次々と飛び出す。
昔、バナナと石は人間の在り方について激しく言い争っていた。人間は自分のように硬く、不死であるべきだと石は主張する。人間は自分たちのように子供を生まなければならないと、バナナは主張する。彼らの争いは結局バナナが勝ち、人間は子供を生み家族を成すことはできるが、死ぬことが運命づけられる。そんなインドネシアの神話におけるバナナと石の関係は、吾峠呼世晴の大ヒット漫画『鬼滅の刃』での家族愛を体現する主人公たちと、首を取られない限り永久不滅である鬼の対立関係に似ている。第1講《人間はなぜ死ぬようになったのか――インドネシアの「バナナ型」神話》でこう分析する著者は、「ほとんどの物語の原型は神話に出尽くしていると言っても過言ではない」と、大胆な説を唱える。
とはいえ、模倣だとあげつらっているわけではない。現代のさまざまな物事が、おそらく無意識の内に神話とつながっている。その過程を明らかにして、「神話は今も生きている」ことを読者に体感してもらう。そこに本書の目的があるのだ。
第10講《「ノアの箱舟」は二次創作?――『ギルガメシュ叙事詩』の「洪水」神話》では、メソポタミアで生まれた『ギルガメシュ叙事詩』の洪水神話が各地に伝わり、「ノアの洪水」をはじめ二次創作的な物語の生まれていく様子をたどる。そこで洪水神話の系譜を継ぐ現代の作品として挙げられるのが、2019年に公開された新海誠監督のアニメーション映画『天気の子』である。著者によって図式化された物語の構造からは、神話の痕跡と共に、「反神話的物語」と解釈できるこの作品ならではの仕掛けも浮かび上がる。
フィクション以外にも、神話の影響は残されている。例えば、数字の「3」。インドでは昔から、3が重要な数字とされている。インド神話には「トリムールティ」と呼ばれる三神一体の説があり、創造神ブラフマー・維持神ヴィシュヌ・破壊神シヴァによって、世界の創造から破壊に至る一つの宇宙の原理が象徴されているという(第26講《数字にも魔力がある――神話や昔話に「3」が頻出するわけ》)。
こうした3つの機能で世界が成立するという観念を「三機能体系説」なる学説にしたのが、フランスの学者ジョルジュ・デュメジルである。ギリシアの叙事詩に登場する3人の女神も、ドイツの昔話で妖精が牛飼いにプレゼントしようとする、強くなるか・裕福になるか・すばらしいヨーデル歌いになるかの3つの能力の選択肢も、日本の皇室に伝わる三種の神器も。3が出てくる多くの神話に、「第一機能:聖性、第二機能:戦闘、第三機能:豊穣」というデュメジルの定義を適用できることが、本書では証明される。