笑う巨人はなぜ怖いーー漫画編集者・島田一志が読み解く『進撃の巨人』の“ネーム力”
稀代の傑作『進撃の巨人』は人類に何を問いかけるのかーー2021年4月に約12年に及ぶ連載に終止符を打った漫画『進撃の巨人』を、8人の論者が独自の視点から読み解いた本格評論集『進撃の巨人という神話』が3月4日、株式会社blueprintより刊行される。
漫画編集者でライターの島田一志氏は、本書において「笑う巨人はなぜ怖い」と題し、『進撃の巨人』作者・諫山創の“ネームの力”を分析。リアルサウンドブックでは、本稿より一部を抜粋してお届けする。(編集部)
映画的な漫画の見せ方
(前略)
コマのかたちが比較的単調なものであった昔の漫画とは異なり、大ゴマや見開きのカットを多用する現在の漫画は、より複雑な画面構成によって作られている。
なお、これは私見にすぎないが、コマ割りの才能とは、一にリズム感、二にデザインのセンスである。特に重要なのは前者が生み出すテンポであり、諫山創には、最初から(おそらくはデビュー前から)その能力が備わっていたといえよう。
さらにいえば、彼の漫画は極めて「映画的」であり、それもまた、『進撃の巨人』という作品が多くの人の目を引いた理由のひとつだといっていい。
それでは、漫画における映画的手法とはいったい何か。それは、エイゼンシュテイン監督らが確立したモンタージュ理論の応用ということになるだろう。かつての――たとえば戦前の漫画などを見てみると、コマの中ではキャラクターの全身像が描かれ、同じような「引き」の構図のまま最後まで続いていく場合が多い。要するにこれは「舞台的」な画面構成だといえるだろうが、ある時期以降の漫画は、そうした引きの絵だけでなく、アップやパン、風景のカットの挿入や唐突な場面転換など、複数の視線を構成(編集)することで、映画のような「動き」と「三次元的な画面」を表現することが可能になった。また、よりドラマチックな心理描写もできるようになった。
ちなみに「ある時期」とは、ひと昔前までは「手塚治虫の『新寳島』(1947年)以降」といわれることが多かったのだが、近年では、そうした〝手塚起源説〟に異を唱える研究者もいるようだ。ただ、その一方で、当時の衝撃を語っている漫画家が少なくないというのも、無視できない事実だろう。
こんな漫画見たことない。二ページ、ただ車が走っているだけ。それなのに何故こんなに興奮させられるのだろう。まるで僕自身、このスポーツカーに乗って、波止場へ向って疾走しているような生理的快感を憶える。
これは確かに紙に印刷された止った漫画なのに、この車はすごいスピードで走っているじゃないか。まるで映画を観ているみたい!!
そうだ。これは映画だ。紙に描かれた映画だ。いや! まてよ。やっぱりこれは映画じゃない。それじゃ、いったいこれはナンダ!?
(藤子不二雄Ⓐ、藤子・F・不二雄『藤子不二雄Ⓐ 藤子・F・不二雄 二人で少年漫画ばかり描いてきた』日本図書センター、2010年)
共著のかたちになってはいるが、この文章を書いたのは、藤子不二雄Ⓐこと安孫子素雄である。『新寳島』(原作構成・酒井七馬)を初めて目にした時の衝撃が伝わってくる熱い文章だが、いずれにせよ、彼のいう「紙に描かれた映画」を、ある時期以降のある種の漫画家たちは志向し、それが現在に続くストーリー漫画の〝型〟を作ったのは間違いないだろう。
ただし、かつての漫画家たちとは異なり、いまの漫画家たちは、別に「映画のような漫画を描こう」と意気込んではいまい。それくらい、現在の漫画表現には、映画的手法(モンタージュ)が自然なかたちで取り入れられているのである。
むろん、諫山創もそうだろう。彼の「映画的な感性」は、おそらく、先人たちによる「映画的な漫画」の数々(たとえば、皆川亮二の『ARMS』など)と、同時代の映画そのものを大量に観ることで、自然と育まれたものだと思われる。
とはいえ、(繰り返しになるが)同じモンタージュでも、一定のフレームの中で物語が進んでいく映画と、大小さまざまなかたちにコマを変化させることができる漫画とでは、その「見せ方」はだいぶ異なるといっていいだろう。要するに諫山創の漫画は、デビュー時から、この「見せ方」が異様に巧かったのだ。だからこそ、多くの読者は、(諫山創という「新人」の名前は知らなくとも)『進撃の巨人』の連載が始まるやいなや、彼が作った漫画の世界に引きずり込まれていったのではないだろうか。
※「手塚治虫」の「塚」は土偏に「冢」が正式表記。
(続きは『進撃の巨人という神話』収録 島田一志「笑う巨人はなぜ怖い」にて)
■書籍情報
『進撃の巨人という神話』
著者:宮台真司、斎藤環、藤本由香里、島田一志、成馬零一、鈴木涼美、後藤護、しげる
発売日:3月4日(金)
価格:2,750円(税込)
発行・発売:株式会社blueprint
予約はこちら:https://blueprintbookstore.com/items/6204e94abc44dc16373ee691
■目次
イントロダクション
宮台真司 │『進撃の巨人』は物語ではなく神話である
斎藤 環 │ 高度に発達した厨二病はドストエフスキーと区別が付かない
藤本由香里 │ ヒューマニズムの外へ
島田一志│笑う巨人はなぜ怖い
成馬零一 │ 巨人に対して抱くアンビバレントな感情の正体
鈴木涼美 │ 最もファンタスティックなのは何か
後藤 護 │ 水晶の官能、貝殻の記憶
しげる │立体機動装置というハッタリと近代兵器というリアル
特別付録 │ 渡邉大輔×杉本穂高×倉田雅弘 『進撃の巨人』座談会