うめざわ しゅん『ダーウィン事変』はなぜマンガ大賞に? 高いテーマ性と読者に与えた衝撃

マンガ大賞2022、大賞は『ダーウィン事変』

 「今、いちばん友達に薦めたいマンガ」をコンセプトにした「マンガ大賞2022」が3月28日に発表となり、うめざわ しゅんの『ダーウィン事変』が大賞に選ばれた。

マンガ大賞2022で『ダーウィン事変』のうめざわ しゅんに贈られた盾は実行委員の手作りだ

 半分ヒトで半分チンパンジーという「ヒューマンジー」のチャーリーをめぐって起こる事件を描いたストーリーは、差別や自然保護や遺伝子操作といったさまざまな問題を浮かび上がらせ、現代社会を鋭くえぐる。ネットへの一挙掲載で話題になった藤本タツキ『ルックバック』や、第26回手塚治虫文化賞マンガ大賞の最終候補になっている魚豊『チ。―地球の運動について―』を抑えて、『ダーウィン事変』が大賞に選ばれたのはなぜか。

「様々な倫理、思想、政治的な問題を圧倒的な画力で描く意欲作」
(デザイナー/シンガーソングライター/平松新)

「物語化された思考実験とも言えるこの壮大なフィクションが、どんな『問い」を我々人類に突きつけるのか? その一員として真摯に受け止めたいと思う」
(コミティア実行委員会代表/中村公彦)

「久々に骨太なアフタヌーン作品という事で歓喜しました」
(住職・ライター/ 蝉丸 P)

 「マンガ大賞2022」の選考で、『ダーウィン事変』に票を入れた選考員のコメントからは、作品が持つ先鋭さが高く評価されたことが分かる。贈賞式にうめざわ しゅんが寄せたコメントは、「自分の作品なのに、読むのにパワーのいる漫画だと常々思って書いているので、付き合ってくれる読者はほんとうにありがたい存在です」といったもので、メッセージ色の強い内容が敬遠される可能性を感じていたことも窺える。

 ところが、蓋を開けてみれば漫画という表現が持っている、エンターテインメントの中でさまざまな問題を描ける役割が、存分に果たされていることが評価されたと分かる結果となった。『ダーウィン事変』は、過激な動物愛護団体が研究所を襲撃し、助け出した妊娠していた雌のチンパンジーからヒトとチンパンジーの交雑種「ヒューマンジー」が生まれるところから始まる。赤ん坊は人間の夫妻が引き取って育てることになり、チャーリーと名付けられて成長。高校に通うようになって、ルーシーという他人とのコミュニケーションが苦手な少女と仲良くなる。

 高い知能は持っていても、チンパンジーの面影を残したチャーリーを差別する意識が、学校や社会に根強くあることが描かれていて、同じ人間ですら出身や人種の違いで差別するヒトの不寛容さを改めて意識させる。ルーシーが高校で周囲から見下されている状況も、アメリカに限らず日本の学校でも話題に上る階層のようなものを感じさせる。底辺に甘んじている人や、差別を経験した人には苦い思いが浮かぶだろう。

 そのチャーリーに、過激な動物愛護団体が再び目を付け、活動のシンボルに祭り上げようと動き始める。銃社会のアメリカで頻繁に起こる乱射事件を思わせる展開もあって緊迫するストーリーの中、ルーシーを守って戦うチャーリーの強さが圧巻だ。優れた知能を持ち、身体能力でもでもヒトを圧倒的に上回る「ヒューマンジー」とはいったい何者だ? 人類にとって脅威なのか、それとも新たな未来をもたらす存在なのか? 4月21日に発売となる第4巻が気になって仕方がない。

 「マンガ大賞2022」の授賞式には「月刊アフタヌーン」で『ダーウィン事変』を担当している編集者の寺山晃司が出席して記念の盾などを受け取った。深いテーマ性を持った作品だが、寺山によれば作者のうめざわ しゅんは、「プロトタイプのネームを描かれる段階でかなりの本を読まれて、動物のけ権利の話や生き物の遺伝の話などをかなり勉強していた」とのこと。内容にはこの成果が反映されていると言えそうだ。

 高いテーマ性から『ダーウィン事変』は、第25回文化庁メディア芸術祭のマンガ部門で優秀賞も受賞した。審査委員で精神科医・批評家の斎藤環は選評で、「卓越した画力と意表を衝く奇想、正確な考証と緻密な構想、悠揚迫らぬ語り口で展開する壮大なストーリー。日本のマンガ作品で、これほど説得的にリアルな『アメリカ社会』を描きえた作品をほかに知らない」と高く評価した。「マンガ大賞2022の受賞」も重なって注目が集まり、広く読まれるようになれば、作品が持つ衝撃も今まで以上に大勢に伝わるだろう。

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