65歳の女性が映画作りに挑戦 『海が走るエンドロール』が描く、創作という海への船出
視覚的に描かれた期待と恐怖
1巻においてたびたび見受けられるのは、うみ子の内側に“恐怖”が渦巻く瞬間だ。第2話で海がうみ子を「映画が好きなんだって」と周りに紹介したことに対し、うみ子は「好きって言えるほどでもない」と両手を前に出し否定する。第3話では自分の撮影した作品を大学生の前で上映しようとする海に対し、うみ子は汗を流しながら「(映画作りは)ただの老後の趣味だから」と口にする。
65歳という年齢で若者が集う大学に通ううみ子はマイノリティであり、それ故の怖さを感じているのかもしれない。ただ、創作の世界に足を踏み入れるなかで目にする、その界隈に身を置く者たちの存在や才能は孤独や劣等感を生み、うみ子のように自分の好きなものや創作物を公にすることに抵抗を覚える人は少なくないはず。そんな創作の世界に踏み出すうみ子の心情を、本作は“航海”というメタファーを用いて表現した。
日常に波をたてないように、高まる気持ちを切り替えるシーンでは足元に迫る波が引き、疎外感を感じる場面では自身の船に“もやもや”とした物体が溜まり、船が沈まないようにそれを海へ捨てる。美術大学に登校する心情を表すように描かれた、帆を立てて前に進む船。映画を作りたいという、心の奥底に眠っていた思いを指摘されると同時に、うみ子の目の前に押し寄せる波ーー。
先の見えない、底知れぬ海に船を出すような、創作の世界に船を出すことへの期待と恐怖。そんな心の内に渦巻く混沌とした心情にフォーカスし、それを視覚的に描いた点こそ、本作の「すごさ」ではないだろうか。
作品をつくること、自身の作品を公にすることは楽しくもあり、同じくらいに怖い。多くの人が創作の世界に船を出せるようになった現代だからこそ、読者は巧みに描かれた創作の世界に船を出すうみ子の心情に大きく共鳴したのだろう。素朴さも感じさせながら、卓越した表現力と時代にあったテーマを持つ本作は、2022年に向けてさらに注目を集めていきそうだ。