吉田修一が語る、犯罪と文学【後篇】「日本を見れば、ちゃんと世界は見えてくる」

吉田修一が語る、犯罪と文学【後篇】

日本を見つめることで世界に広がっていく


――「ございます」「いたします」といった語尾の語り物のような文体に強く印象が残ります。考案するのに2〜3カ月かかったそうですね。

吉田:いわゆる敬体の一種なんですが、最初の一行で「これから日本の伝統芸能の世界」が始まるということがわかる文体を探していました。小説の文体はいくらでもあるから、一個ずつ試して潰していったんですね。ドラマのナレーションを書き写してみたり。でもピタッと来るのが全然なくて。本当に時間がかかりました。今読んでみると、これしかないと思うんですけど。

 最終的には歌舞伎役者の喋り言葉が参考になりました。現代でも歌舞伎役者と一般の人の喋り方はどこか違いますよね。ただ、普段はそんなに変わらないじゃないですか。その小さな違いに何かヒントがないかなと考えたら、ある歌舞伎役者さんが不倫の謝罪会見をやっていたんですが、それが言葉がちょっと違って丁寧だったんです。下世話なことを話すにしても、ちょっとだけ品があった。だからその謝罪会見も参考にしました。最初の2、3章はこの文体で最後まで持つのか心配でしたが、それを超えたくらいからランナーズハイのような状態になって、いわゆるイタコ状態ですね。

――歌舞伎という日本の伝統的な文化を扱ったのは、何か心変わりがあったのですか? 

吉田:最初は単純に自分の知らない世界に行ってみようという感じだったんです。でも書いている最中に、歌舞伎について知ることは日本的なことを知ることだと気づきました。鴈治郎さんなどみなさんはお茶や日本舞踊など習っていました。

 これまで世界を見ようとしていたんですよね。でも逆に日本を見れば、ちゃんと世界は見えてくるんだと気づきました。日本といってもいろんな捉え方があるかもしれませんが、意識的に見ていくほど世界が広がっていくんだなと思いました。

 具体的にいうと、三島由紀夫は世界的な作家だと思うんですが、川端康成は日本的な作家だと思うんですよね。

――喜久雄が歌舞伎という芸の道を極める姿は、小説の技芸を極める吉田さんの姿とも重なりました。

吉田:とすれば、ゴールはまだまだ遠いですね。歌舞伎の役者さんたちを見ていると、それこそ国宝にまでなった方々が、まだまだ稽古をするわけじゃないですか。「ここの振りがよくない」なんて言いながら。あれを見ていると、完成することはないんだと思います。本当に終わりはないんだと思いますね。

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