フクモトエミと考える、“人を傷つける覚悟”と優しい世界 四コマ漫画『ぼくはネコ』に込めた思いとは

フクモトエミが4コマ漫画に込めた想い

 誰かに助けを求めたくなる夜に、そっと開きたいお守りのような本――。

 イラストレーターのフクモトエミが描いた『ぼくはネコ』はそんな1冊だ。


 これまでフリーでミュージシャンのアートワークなどを手掛け、この夏コドモメンタルINC.に所属することを発表したフクモト。本作は、その第1弾作品としてリリースされたものだ。

 笑わない“かわいくないネコ”は、彼女の活動にずっと寄り添ってきたキャラクター。繊細で不器用なネコがつぶやく言葉は、生きづらさを感じる多くの人の心と共鳴する。圧倒的な孤独を感じる夜、このネコがそばにいてくれたら。黒いものに包まれているのは自分だけではないと思わせてくれるような気がするのだ。

 そんな本作がどのようにして生まれたのか、そしてネコはどこに向かっていくのか。リンクするネコとフクモトの「これまで」と「これから」について聞いた。(佐藤結衣)

誰かを傷つけることは避けられないけれど、よりマイルドに伝えるために

フクモトエミ(撮影:三橋優美子)

――本日はネコの着ぐるみも持参していただき、ありがとうございます。とても楽しい撮影になりました。

フクモトエミ(以下、フクモト):どうせやるなら楽しいほうがいいですもんね! 偉い人がインタビューを受けたときみたいな写真も撮りましょう(笑)。百貨店で展示とかしているとき、自分からお客さんに話しかけることも少なくないんですけど、よく言われますね。「こんなにしゃべる人だと思わなかった」って!

――確かに、本の作風から想像したイメージと違う、と思われそうですね(笑)。

フクモト:ただ友人たちからは、結構本のイメージっぽいって思われていると思いますね。深夜とかに悲しい気持ちが急にマックスになると、「私と友だちでいてくれるなんて、なんてみんな優しいんだろう」みたいな思いが溢れて、急にLINEで「いつも友だちでいてくれてありがとう」とか送っちゃったりするんですよ。

――急に! びっくりされないんですか?

フクモト:もう友だちは慣れているから、「はい、こちらこそありがとう(笑)」みたいな感じですけど。私、すごく楽しかった日ほど「ああ、今日も楽しかった」で寝ればいいのに、「なんであんなふうに言っちゃったんだろう」とか「あそこはもっとこうしたらよかったんじゃないか」、「あのメールの書き方は失礼だったかもしれないな」って、うじうじ1人反省会が始まっちゃうんですよね。

――『ぼくはネコ』のあとがきにも書かれていましたけれど、そういう夜はけっこう多いですか?

フクモト:ほとんど毎日です。次、誰かと会ったときに上手にコミュニケーションを取って楽しくなるようにと思って反省会をするんですけど、特にステップアップしている実感はないですね(笑)。なので、4コマで昇華してどうにか発散しているって感じで。やっぱり自分と話すという時間を取ってくれた人に対して、貴重な時間をいただいているんだから楽しんで帰ってもらいたい、という気持ちがあるんですよね。そのために、毎回反省しているんです。きっと今日の帰り道も……。

――いやいや、とても楽しい時間を過ごせているので、今日は反省会しなくても(笑)。この4コマという表現に至ったきっかけがあったのでしょうか?

フクモト:もともとSNSで、いろいろと考えた自分の思いをマイルドに表現する方法って何かないかなと思っていたときに、ネコに言わせてみようと考えたのが始まりです。そのまま言葉で書くと誰かを必要以上に傷つけてしまう可能性があるじゃないですか。

――たしかに言葉だけだと表情が伴わない分、ニュアンスが異なって受け取られてしまうこともありますよね。

フクモト:『ぼくはネコ』のなかにも「わるもの」という話があるんですけど、「わるものはやっつける」「わるものはこらしめる」「わるものはまっくろ」って言っているネコ自身が、「ぼくはわるものかもしれない」と考えるもので。これは「悪い」と言われるようなことをした人に対して、正義感を振りかざす人たちがそれはそれで人を傷つけているんじゃないか、みたいな論争をネット上で見かけたときに描いたものです。それを言葉で書くと、やっぱりちょっと強すぎるし、読む側もしんどくなっちゃうかなと思って。でも、こうやってネコでかけば「ああ」って。サラッと届く人には届くような気がしたんですよね。

――そうですね。近年、そうした論争が起きやすい空気になっているかもしれません。

フクモト:自分が「100%良いことだ!」と思って発信しても、絶対傷つく人がいるんですよ。例えば「今日はオムライスを食べたよ」っていうつぶやきだけでも、もしかしたらオムライスにすごく悲しい思い出やトラウマを抱えている人がいるかもしれなくて。すべての可能性を気にし始めたら何も発信できなくなってしまうけど、そういう人がいるかもしれないと心に留めた上で発信するかどうかで、かなり変わってくるとは思うんです。

――たしかにフクモトさんという生身の人間による言葉として発信されるよりも、「ネコ」というフィクションのフィルターがあることで、よりフラットな形で伝わるように思います。

フクモト:なので、最初この4コマに関しては、自分の作品として描いているつもりはなかったんですね。でも、去年父がガンで亡くなって、その時期にワーッと描き貯めたものもあって。この4コマには私自身がすごく救われたんですよね。そのあたりから、「これを作品にしてもいいのかな」って思えたところもありました。

好きに呼んでほしいから「ネコ」という名前に

フクモトエミ(撮影:三橋優美子)

――だいたい、いつごろから描き始めたものが、この1冊にまとまっているんですか?

フクモト: Instagramを見返すと2018年の1月から投稿しているので、その2〜3前ぐらいから描いてますね、きっと。でも、ネコそのものはもう10年前くらいからいて……。私は大学に行ったあと就職活動中に「やっぱり絵を描く仕事がしたい」と思って専門学校に行ったんですが、そこで年齡も違う人たちとどう接していいかわからなかったときに、クラスメイトの似顔絵をこのネコを混ぜて大学ノートとかに描いたんです。そしたら「なに、そのかわいくないネコ!」ってコミュニケーションのきっかけになってくれて。そこからだんだん自分のアイコンみたいになってきて、もう10年以上も描き続けています。この4コマも最初はノートにアナログで描いたものをスキャンして載っけていたので、字とかも結構ガタガタでした。

――この掲載している順番も時系列通りではなく?

フクモト:そうですね。一回全部、4コマをプリントアウトして1枚ずつ切って部屋に並べて、なるべくネコのひとり語りと、ともだちくんとの会話が満遍なく読めるように並べかえています。結構、セリフの言い回しはSNSにアップしたときとは変えているものも多いですね。「今の自分だったら、こう言うな」って思うものは変えてみたり……。イラストは、もともとネコがずっと棒立ちだったので、今回本にするにあたって見え方が変わるように意識して描き直しました。Instagramで「#ネコとともだちのはなし」のハッシュタグで見ると、これまで上げてきたやつが見られるんですけど、本との違いを楽しめるかもしれません。

――この文庫本サイズにもこだわりが?

フクモト:かしこまって読む本というよりも買ってくれた人と常に一緒にいてくれるようなものにしたいと思っていました。文庫本サイズなのも気に入っていますが、紙の手触りにもこだわりました。表紙はマットでサラサラな感じで、中の紙はザラザラしたものにしてもらって。ネコの世界観的にツヤツヤやキラキラじゃないかなと思っていたので光沢感のない感じにしたかったんですよね。

――巻末にあるネコの説明のところにあった「すあまのようにしっとりもちもち」という言葉に、ネコの肌触りが伝わってきました。

フクモト:「ふわふわ」とか「もちもち」とかそういう質感を表現する言葉が好きでよく使っています。居酒屋のメニューでも単純に「チーズ」って書かれるよりも「とろーりチーズ」とか書かれたほうが嬉しくなっちゃう(笑)。イラストを描くときも、ボテッとして見えるように意識して描いています。34、35ページあたりの後ろ姿とか、下半身のラインにちょっと重みのあるズシッとした感じに見えるようにこだわっています。あと最近では、iPadとApple Pencilを持ち歩いて描いているんですけど、ネコを描くときはアナログ感が残るように意識しているかも。81ページのネコの首の影になっているところをちゃんと描き込んで、インクのたまりを表現しています。

――Instagramではやわらかな水彩画もアップされていますが、アナログとデジタルはどちらがお好きというのはありますか?

フクモト:本当はアナログが好きなんですけど、やっぱり仕事のやりとり上、デジタルの方がメリットが大きいので多くなっていますね。もともと「この人といえばこういう作風」みたいなのがある、芸術家肌みたいなイラストレーターに憧れた時期もあったんですけどね。でも最近、答えが一つじゃないことが私の強みかなって思えるようになってきて。私はコンビニみたいなイラストレーターでいいやって。「俺の仕事はこれだ!」みたいな頑固一徹な八百屋さんや魚屋さんにも憧れるけど、コンビニがあることで助かる人もいっぱいいるじゃないですか。誰かに喜んでもらうことが私の幸せなので、どんなテイストの絵も楽しく描いています。

――表現の幅が広い中で、創作活動の根底に影響を受けているものはあるのでしょうか?

フクモト:サンリオですかね。個人的にはポチャッコがめちゃくちゃ好きなんですよ。画風というかあくまで象徴として、ああいう大人が見ても子どもが見てもかわいいキャラクターになったらいいなっていうのは、ネコの見た目に関してはずっと思っています。あとは、絵柄ではないんですけど、ネコの思考の中で影響を受けているのは、ジャーナリストの森達也さんかもしれないです。本やドキュメンタリー映画を見ていると、さっき言った「表現で誰かを傷つける覚悟を持たなければいけない」っていうことをずっと訴えていて。一時期叩かれていた時期もありましたが、私はすごく好きですね。情報って白と黒じゃなくて、絶対グラデーションがあるということを忘れちゃいけないって教えられたというか。人に何かを伝えるには、「白だ」「黒だ」と言ったほうがわかりやすいんだけど、モヤモヤっとしたグレーの部分を森さんはずっと書いていて、ネコのセリフにも影響を受けているような気がしますね。

――あらためて考えると、この「ネコ」という名前も独特ですね。

フクモト:実はそれには理由があって。私、小さいころに大事にしていたぬいぐるみがいて、ネコのぬいぐるみにタマ、クマのぬいぐるみにクマゴロウって自分で名前をつけていたんです。私の姪っ子も毎日持ち歩くお気に入りのぬいぐるみに名前をつけているんですけど、そういうぬいぐるみってキャラクターものじゃないんですよ。アンパンマンはアンパンマンで、キティちゃんはキティちゃん。わざわざキティちゃんにタマって名前をつけないじゃないですか。きっと名前のないただのぬいぐるみだから自分なりの名前をつけて可愛がることができると思っていて、ネコにはそういう存在になってもらいたいんですよね。

――なるほど。「ともだちくん」というのも属性だけがわかるようになっているわけですね。

フクモト:最初は縫い目があるから「縫い目太郎」にしようかと思ったんですけど、その名前じゃインパクトが強すぎて読む人にとっての“ともだち”を想像しにくくなっちゃうかなって(笑)。“ともだち”というのにも理由があって、恋人とか家族とかって基本的には人数が決まっているじゃないですか。だけど、「ともだち」なら何人いてもいいものだし関係性の深さも結構それぞれ違う。逆に「ともだち」にお父さんとかお母さんや恋人を想像しても全然いいと思うんですよね。読んだ人が自分の身のまわりの人を思い浮かべられるような余白を残した世界観にしたいなって思っています。

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