『機動戦士ガンダム』の事件を文春がスクープ!? 担当編集者が語る、前代未聞のガンダム本へのこだわり

もしも宇宙世紀に「文春」があったら?

 この3月、文藝春秋から『証言「機動戦士ガンダム」文藝春秋が見た宇宙世紀100年』というムックが発売された。タイトルの通り、「もしも宇宙世紀の世界に文藝春秋が存在したら」という想定で作成された1冊である。各ページのタイトルも「スクープ! 戦況を覆す連邦の秘策 極秘軍事計画“V作戦”をキャッチした」「衝撃告白 ジオン公国 ギレン・ザビ総帥 「戦死」公報を覆す新証言を入手」「ネオ・ジオン新総帥シャア・アズナブル ニュータイプ研究所美女所長とのアツイ一夜!」といった、マニアなら「あ~あのことか……」と察しがつきつつも、文藝春秋らしいバイブスも感じられるものとなっている。

『証言「機動戦士ガンダム」文藝春秋が見た宇宙世紀100年』
(c)創通・サンライズ (c)『証言「機動戦士ガンダム」文藝春秋が見た宇宙世紀100年』文藝春秋

 膨大な設定の存在する宇宙世紀。その0079年から0105年までに巻き起こった幾多の事件の裏側に文藝春秋が迫る……。そんな前代未聞の書籍を編集したのが、株式会社文藝春秋所属の薗部真一氏だ。作品世界に没入しつつ、それでいて文藝春秋らしい執念深い「取材」の手触りを感じさせる1冊は一体いかにして作られたのか、話を訊いた。(しげる)

宇宙世紀に文春があったら……『証言「機動戦士ガンダム」文藝春秋が見た宇宙世紀100年』に込められた編集者のこだわりの画像1
薗部真一氏

「宇宙世紀に文春があったら」

ーーそもそも、この本が作られるまでの経緯はどのようなものだったんでしょうか?

 2年前に文藝春秋に転職したんですが、その前の会社でもガンダムに関係する書籍を編集していたんですよ。転職した後に、またガンダムに関連する仕事をやりましょうと権利元のサンライズさんとお話していて、それでふと出たのが「文藝春秋らしいガンダムの本を出せないか」というアイデアだったんです。それはどういうものだろうか……と詰めていくうちに、どうせなら「宇宙世紀に文藝春秋があったら」という体裁でいこうということになりました。宇宙世紀って我々の今の時代から地続き的な未来だと思うんですが、なんとなく文藝春秋という会社はそのくらいの時代にもありそうじゃないですか(笑)。そこで企画として始まった感じです。去年の3~4月くらいの話ですね。

ーーガンダムはスピンオフも含めると大量のタイトルがありますが、扱うものはどのようにして決めましたか?

 基本的には宇宙世紀を扱ったテレビシリーズと映画、OVAに限るということを最初に決めました。現在でもいわゆる正史として扱われているものですね。MSVの機体とかは『ガンダムUC』でも拾われているので存在したことになりますが、例えばジョニー・ライデンとかについては「いるかもしれないけど書かれてない」という感じにしています。

ーー個々の記事のネタ出しはどのように進めたんでしょうか?

 ライターさんからネタを出していただいた上で、整理して足りないものをこちらから逆提案して、それぞれに文藝春秋っぽいタイトルをつけていった感じです。ライターさんは以前の出版社でミリタリーやアニメ系などの書籍をやっていた頃からお付き合いのある方を中心にお声かけさせていただきました。ただ、最初にボンヤリと「こんな感じで!」ってお願いしたネタは大体うまくいかなかったので、後で結局細かいところを詰めることになりましたね。

ーー確かに、タイトルからは文春らしいムードを感じました。

 僕も月刊の「文藝春秋」や「週刊文春」編集部にいたことがあるわけではないので、一生懸命それぞれを読んで研究しました。ぶっちゃけ、ただの読者に近いところにいたので(笑)。だから外から来た人間としてある種パロディをやった感じですね。そういう意味で文藝春秋という会社は懐が深いな、と。

気にしたのは「リテラシーライン」

ーー他に、“文春”らしさを演出する上で気を使った部分はどこでしょうか?

 テキストに関してだと、基本的に文藝春秋の雑誌って記者が自分で何かを断言しないんですよ。まず誰か関係者とか目撃者の証言があって、それに対してまた反論の証言を集めたり裏を取ったりしながら結論を導く形です。だから勝手に「私が取材したところこうだった」と書くのではなく、誰かがこう証言していた、というカギカッコ付きの証言を積み重ねていく記事にしてほしいというのはライターさんにお願いしました。

ーーあ~! 確かに文春ってそういう書き方ですね!

 あとはリテラシーラインの問題ですね。例えばシャアがナナイとイチャついてるっていう話を証言付きで書く時、誰ならどこまで知っててどこまで証言するだろう……みたいなところは考えました。あと媒体としてのリテラシーラインというのもあって、例えば文藝春秋の立場で一年戦争を見た時、ララァって実際「誰それ?」って感じだと思うんですよ。

ーー確かに、その時点でのメディアからすると誰だかさっぱりわかんないですよね、ララァ。

 ララァって、そもそもホワイトベースの人達ですら戦後プロパガンダ的に報道されるまでよく知られていなかったはずなんですよね。だからそういう「アニメを見てる人と主人公たちくらいしか詳しく知らないはずの人物」って出すのが難しくて。文藝春秋みたいなメディアが知ってて関心がありそうなのって、例えば政治家やリーダーの周囲にいる女性とかですよね。ゴシップを扱うにしても、国会議員の不倫とかになる。アニメを見ている人なら当然知っている人や事実でも、メディアはまったく知らないこともある。そこのリテラシーラインには気を使いました。

ーー確かに最初の方のカラーページでも、連邦側で大きく扱われてるのがアムロとかブライトさんとかじゃなくてレビル将軍なんですよね。

 あの「氏々彩々」っていうページも、月刊「文藝春秋」っぽいですよね。あと、ちょうど70年代くらいに文藝春秋から太平洋戦争についての証言をもとにしたムックがたくさん出ていて、それらへのリスペクトもあります。そういう本ってそれこそ総理大臣経験者レベルの人とか将官とかえらい文学者とかばかり出ていて、下々の兵隊とかは出てこないんですよね。だからあそこに載っている軍人の中ではアムロが一番階級が低い(笑)。本当は全部ゴップ大将とかエルラン中将とかにしたかったくらいです。

『証言「機動戦士ガンダム」文藝春秋が見た宇宙世紀100年』
(c)創通・サンライズ (c)『証言「機動戦士ガンダム」文藝春秋が見た宇宙世紀100年』文藝春秋

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