『ちいかわ』なぜSNSで大人気に? 考察を促す、ゆるかわキャラのダークな側面
ツイッター発の漫画『ちいかわ なんか小さくてかわいいやつ』、通称『ちいかわ』が大人気だ。日本のバイラルコンテンツを代表する成功例といっても過言ではない。「自分ツッコミくま」で著名なクリエイター、ナガノ氏による専用アカウント自体は2020年1月に始まり、現在は単行本化のみならず専用オンラインショップ設立やコラボカフェ企画に至るマルチ展開な人気IP(知的財産)の地位を確立しつつある。
「こういう風になってくらしたい」願望の対象として登場した「なんか小さくてかわいいやつ」は、とにもかくにもかわいらしい。初期イラストでは、うるんだ目で喜んだり泣いたりと、赤ん坊のようにプリミティブな感情、挙動表現を行なって見る者の庇護欲、あるいは「自分もこんな生き物として生きたい」願望をそそるゆるかわキャラクターとなっている。つらい生活を送る読者を癒すキュートなコンセプトだけで人気が出るのも理解できるわけだが、『ちいかわ』の奥深さは、世界観の底知れぬポテンシャル、それゆえの受容の多様性にある。現在、SNSではこの作品が更新されるたび、ファンによる真剣な考察合戦が巻き起こっているのだ。議論のテーマには、かわいらしい絵柄からかけ離れているはずの経済格差問題から読者の欲望の功罪にまで至る。
一体、『ちいかわ』とは何なのか……。このたび刊行された第1巻を軸に探求してみよう。前述の「こういう風になってくらしたい」アイデアから始まる『ちいかわ』は、口下手な主人公、通称ちいかわが「ヤハ」と叫ぶ友達のうさぎとブタメンを食べたり、その友人がキメラ化する不穏な夢を見たり、突如現れたおそろしい化け物に詰め寄られたりと、かわいさと不穏がないまぜになった日常が淡々と描かれていく。読者にもわかる言葉づかいで流暢に喋る猫のハチワレがちいかわの親友となる第三章「ハチワレ」編に入ると、具体的な世界観があらわになる。同章で判明する重要事項は、このかわいらしいキャラクターたちも「労働」を行なっていることである。配給のような列に並んで、ヒト型に近い鎧さんから草むしりの仕事をもらって暮らしているのだ。さらに、モンスターのような「こわいやつ」がちいかわたちを襲う脅威も描かれる。支え合うハチワレとちいかわは、お金をためて撃退用の武器を買い、「こわいやつ」討伐の業務も請け負うようになる。
「こういう風になってくらしたい」欲求のアイデアから始まったというのに、ちいかわたちはちいかわたちで、多くの読者と同じように一生懸命労働をして生活していたのである。それどころか、恐ろしいモンスターに突如襲われる危険性があるため、かなりハードな環境だ。グルメ漫画『MOGUMOGU食べ歩きくま』も連載しているナガノ氏ゆえに、チャルメラや二郎系ラーメンなど、現実の食料品が登場することも魅力のひとつだが、2020年11月12日更新回には「三つ星レストランを紹介するTV番組的な映像」を見て羨むちいかわたちの描写が登場。つまるところ、『ちいかわ』ワールドのどこかに、ラグジュアリーな高級レストランが存在することになる。ときに命をかけて肉体労働を行いインスタント食品を常食するちいかわたちは、もしかしたら、この社会の貧困層なのでは……? こんな風に、ファンたちは考察を深めていくのだ。
極めつけは、考察人気の起爆剤となった「なんとかバニア」編である。この章では、ハチワレが自分や友人に似たシルバニアファミリー的人形を披露することから始まり、突如出てきた魔女が「ワシの力じゃ」と叫び、なんと、ちいかわたちをバニア人形にして抜け殻になった身体を持ち去ってしまう。魔女の語りを見るに、「なんか小さくてかわいいやつ」に「なりたいやつがいる」ため、異能力によって抜け殻にしたちいかわボディを希望者に譲渡しているようだ。次なる「ポシェット」編では、後発的に「ちいさくてかわいい」身体を手に入れてかわいこぶる不気味なモモンガが登場するため、またしても弱くかわいい者たちを犠牲にして欲望を叶える邪悪な者たちの存在がうかがえる。このホラースリラーと言うべき構図は、まるで『ちいかわ』を読んで「自分もかわいい存在になりたい」と願う読者たちの欲望、そこに孕むグロテスクさをうつす鏡のようだ。ここまでくると、『ちいかわ』に癒されていた自分自身のかわいい系コンテンツ消費の是非すら考え始めてしまう。