『Dr.STONE』千空VSゼノ、天才科学者の頭脳戦で勝敗を分けたのは? 最新19巻を徹底考察

『Dr.STONE』最新19巻を徹底考察

 拘束されたゼノは、少しも怯むことなくクロムに「僕が衆愚を導く」と答える。

「21世紀ですら」「倫理だの政治だのゴミのような御旗をかざす愚者たちが」「人類の進歩を阻害し続けていた」「君の周りにもいただろう?」「科学の価値を理解できず拳を振り回すだけの人間が」

 科学の力で独裁者になろうと目論んでいたゼノらしい熱弁だ。しかし、大ゴマで持論を主張するゼノのバックには黒い影に口元だけが映っている人々が描かれており、その指先から伸びる糸によってゼノが操り人形のようになっている姿が、心象風景として描かれている。そのため、口調に反してゼノの姿は弱々しく、どこか哀れだ。

 ゼノは千空の師匠にあたる天才科学者として登場した。科学的思考を武器にじわじわと詰めてくるゼノは、千空を超える最強の存在に見えたが、同じ科学的思考の持ち主でも、ゼノには、他人を見下し支配しようとする傲慢さがあった。

 科学を理解しない人間を愚者と見下すゼノに対し「俺は人の好きなモンを」「下に見るほど偉くねえよ」と反論し、カッコよく見栄を切るのが千空ではなく、千空の影に隠れて頼りなく見えていたクロムだというのが、この場面の面白さだ。双方の力が拮抗した名勝負だったが、最終的な勝敗を分けたのは、クロムを信じて意思を託した千空の「他人を認める心」だったのかもしれない。

 その後、ゼノの前に現れた千空は「Dr.ゼノは世界トップクラスの科学屋だぞ」と讃える。見開きで2人の顔のアップが並ぶ印象深い場面だが、死んだと思っていた千空が生きていたことが嬉しかったのか、ゼノの顔は子どものようになり、目は潤み、口元は少しだけ笑っている。千空の射殺命令を下す瞬間、ゼノは迷いを見せていたが、本当は殺したくなかったのだろう。対立しながらもお互いを認め合っていたことがわかる名シーンだ。

 ゼノは拘束したものの、大勢の仲間がスタンリーたち敵陣営に拘束されている千空は、外交と称して、意外な行動に打って出る。新世界最初で最後の日米首脳会談と言って、ゼノに代わって交渉相手となったメカニックのブロディに「石化復活液」のレシピを伝える千空。そして、復活液の原料となるコーンを大量生産するコーンシティを建造して、とりあえず100万人の人類をいっしょに蘇らせようと提案する。

 その後、千空たちは、過去に石化光線が発信された南米へと向かい、ゼノ奪還を目論むスタンリーたちは千空たちを追いかける。アメリカチームと科学王国の本体は一時休戦となり、コーンシティは両者の平和特区となる。

 実に大胆な展開である。交戦を続けながら平和特区を作り共存するという顛末は、理知的かつ大胆な科学漫画を展開してきた『Dr.STONE』ならではの落とし所だと言えよう。

■成馬零一
76年生まれ。ライター、ドラマ評論家。ドラマ評を中心に雑誌、ウェブ等で幅広く執筆。単著に『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)、『キャラクタードラマの誕生:テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)がある。

■書籍情報
『Dr.STONE』既刊19巻(ジャンプコミックス) 原作:稲垣理一郎
作画:Boichi
出版社:集英社
https://www.shonenjump.com/j/rensai/drstone.html

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