芥川賞候補5作に共通した「テーマ」とは? 円堂都司昭が読み解く、文芸の現在地

芥川賞候補作に共通した「テーマ」とは

 その物語の構造は、今回の受賞作である宇佐見りん『推し、燃ゆ』と近しい。高校生のあかりは、男女混成アイドルグループ・まざま座の上野真幸を推しており、彼に関するブログを更新している。彼女はアルバイトだけでなく、日常生活を人並みにこなせない。あかりは病気と診断されているそうだが、中退後は親から就活するようにいわれ、亡き祖母の家で一人暮らしすることになる。だが、熱中する推しは、ファンを殴り炎上騒動を起こした後、グループが解散にむかってしまう。

 同作で個人的にツボだったのは、あかりが上野真幸のファンになった最初が、12歳でピーターパンを演じた映像であり、成長した彼が自分で作詞したソロ曲が「ウンディーネの二枚舌」と題されていたこと。作者はソロ曲の歌詞全体の内容やウンディーネについての説明を書いていない。だが、ピーターパンが異世界のネバーランドに住む永遠の少年であり、ウンディーネが人間に恋する水の精であることを踏まえると、それらへの言及が上野真幸の変化を暗示していたとわかる。かつてファンタジーを生きていたアイドルは、妖精の二枚舌を指摘するような現実的な人間へと変わっていったのだ。推しが普通の人になってしまうことにあかりは動揺する。

 幸せではない日常と心の支えである推し。その図式を『コンジュジ』と『推し、燃ゆ』は共有しているが、推しの位置づけは違う。『コンジュジ』でせれなが1993年に11歳でリアンを知った時、彼はすでにこの世を去っていた。1970年代に活躍したThe Cupsのリアンは、1983年に32歳で死んでいたのだ。伝説のボーカリストとして有名な存在だが、せれなは図書室でリアンの評伝を級友に隠して読んでいた。上半身裸の写真が表紙に使われていたからである。彼女にとってリアンへの愛は密かなものであり、だから父がそこに踏みこんできた際には激しく混乱する。

 一方、『推し、燃ゆ』のあかりは、「推しを解釈してブログに残す」ことをしている。推しの炎上をめぐりネットで戸惑い、嘆き、怒りの声があがるなか、上野真幸のファンたちにそれなりに読まれている彼女の文章は、意外に冷静なものだ。日常生活では覚束ないが、彼女はネット上のファンの1人としては社会性をもったふるまいをしているようにみえる。あかりというキャラクターのこの不思議なバランスが、巧みに書かれている。推しの存在がサバイバル術になっていることが共通していても、自分だけの世界を作るせれなとファンの社会を認識しているあかりは、対照的だ。

 今回の芥川賞候補5作を読んで気づくのは、作中でなんらかの状況の圧や不条理がふりかかる対象として、少女を焦点化した作品が多かったことだ。女性作家が同性を主人公にした『推し、燃ゆ』、『コンジュジ』だけでなく男性作家による『母影』、『旅する練習』もそうだ。また、『小隊』では焦点化していないが、避難誘導に応じず戦禍に巻きこまれたシングルマザーの子に関して、自衛隊員訪問時に「リビングで昼寝をしている娘を女手一つで育てている」と、さらっと書きこまれていた。

 『推し、燃ゆ』には「携帯やテレビ画面には、あるいはステージと客席には、そのへだたりぶんの優しさがあると思う」という印象的な一節があった。それに対し、『コンジュジ』では、現在と過去にへだたりがあるから安心して妄想を育てられたところがある。せれなが後に評伝を読み進め、リアンの過去の時間経過を知ることで妄想は揺らぐ。

 バンドのフロントマンとしてステージと客席の関係を意識せざるをえない立場の尾崎世界観は、『母影』という小説を書くにあたってカーテン越しの母というへだたりをポイントにした。『小隊』、『旅する練習』は、日常と危険のへだたりが壊れる物語だった。

 今回の芥川賞候補5作からは、へだたりが現在の共通テーマになっていることがうかがえたのだった。

■円堂都司昭
文芸・音楽評論家。著書に『ディストピア・フィクション論』(作品社)、『意味も知らずにプログレを語るなかれ』(リットーミュージック)、『戦後サブカル年代記』(青土社)など。

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