渡辺祐が振り返る、スワローズ・ファンとして体験した“史上最高の日本シリーズ” 『詰むや、詰まざるや』レビュー

渡辺祐『詰むや、詰まざるや』レビュー

 1992年、そして1993年の初秋。西武ライオンズとヤクルトスワローズのファンはもちろん、プロ野球ファンの多くはテレビの中継画面に釘付けになっていた。2年連続でシーズンを制した西武vsヤクルトの日本シリーズ。西武有利の声の中、共に第七戦までもつれこんだ計14試合。その内、延長戦が4試合。それはもうガチで面白かった。ヤクルト・杉浦享の劇的な代打サヨナラ満塁ホームラン(92年第一戦)にはじまる、それぞれの試合のハイライト、名プレーは、約30年を経た今もくっきりと思い出される。もちろん、スワローズ・ファンとして、その後、何度も映像を見たことも含めて、ではあるけれど。

 そして、2020年の初冬。その2度の日本シリーズを詳細に追った一冊『詰むや、詰まざるや 森・西武 vs 野村ヤクルトの2年間』に釘付けになっている。

「史上最高の日本シリーズ」

 書籍の帯に「史上最高の日本シリーズ」とある通り、森祇晶、野村克也という知将ふたりの戦術が火花を散らし、王者・西武の完成されたチーム力と、チャレンジャー・ヤクルトの伏兵を含めた勢いがぶつかり合う。本書は、森、野村両監督をはじめ、約50名の両チームの主力選手、関係者に取材を重ね、逆転劇が続いたスリリングな展開、そこで投じられた一球、勝敗を分けた一打、一走、一返球、そして継投戦略と代打戦略など、試合の細部と選手心理を解き直してくれているのだ。

 驚いた。冒頭で書いたとおり、プレーのハイライトは覚えていたけれど、当事者の頭の中にどんな戦術、シミュレーションが飛び交い、アスリートの神経がどんな反射を呼び、そして訪れた結果にどんな思いを抱いてきたのか。それは見ている者の想像と記憶を遙かに超えていた。

 例えば93年の第四戦。1点ビハインドの西武が8回表に二死一塁二塁のチャンスを作る。バッターは鈴木健。このとき、センターの飯田哲也はベンチからの「下がれ」の指示を無視して浅めに守る。そして鈴木健が放ったセンター前ヒットを捕球するや、キャッチャー・古田敦也に文字通り矢のような返球。二塁から一気にホームを狙った代走・笘篠誠治とのクロスプレーは「アウト」。飯田の判断に軍配が上がる。

 はああ。いまでもため息が出る。筆者の長谷川晶一氏は、このひとつのプレーを飯田、笘篠、古田各選手のコメントだけではなく、西武の三塁コーチ・伊原春樹、ヤクルトベンチからプレーを見ていた高津臣吾、苫篠賢治のコメントも交えて再現する。飯田がその場面でベンチの指示を無視できた理由から、クロスプレーでのダメージを心配して、ヤクルト・苫篠賢治が兄である西武・笘篠誠治にその夜に電話をかけたエピソードまで、約10ページを割いている。

 こうして活字の中に見事に名プレーとその背景が蘇る。92年第二戦でのヤクルト・荒木大輔 vs 西武・清原和博という世代を超えた甲子園のヒーロー対決(結果は清原のホームラン)もいいシーンだ。

 西武では石毛宏典、デストラーデ、秋山幸二、伊東勤、辻発彦、渡辺久信、石井丈裕、郭泰源、潮崎哲也、工藤公康。ヤクルトでは池山隆寛、広沢克己、ハウエル、秦真司、岡林洋一、川崎憲次郎、石井一久、伊藤昭光、高津臣吾……ここまで名前を出し切れていない選手たちの「あの瞬間」が語られていく。そこには例えば92年第七戦の広沢克己のホームへのスライディングのように無念のプレーもある。どのシーンにもその人の「仕事」があり、そこには「その人」が生きていることがくっきりとわかりはじめる。ここまで取材を重ねてくれた筆者に頭が下がるばかり。

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