『ヲタクに恋は難しい』が非ヲタも虜にする理由 恋愛漫画としての巧さを考察

『ヲタ恋』非ヲタも取り込む間口の広い魅力

 ヲタクの表記は難しい。というのも「おたく」「オタク」「ヲタク」など、複数の表記があるからだ。ちなみに私は、基本的に「オタク」を使っている。だが、本書の書評に関しては「ヲタク」一択である。なぜなら本のタイトルが『ヲタクに恋は難しい』だからだ。

 pixivへの投稿から始まった本作は、人気を獲得し、2015年5月に一迅社から単行本が刊行される。2018年にテレビアニメが放送され、2020年には実写映画が公開された。

映画『ヲタクに恋は難しい』

 単行本の売れ行きも絶好調で、現在の最新刊である第九巻の帯を見ると、「累計1000万部突破!」と書かれている。平均すると、1冊100万部以上売れている計算になるではないか。これほど広範な支持を受ける、本作の魅力はどこにあるのだろうか。

 隠れ腐女子の桃瀬成海は、転職先の会社で、小中と同じ学校だった二藤宏崇と再会する。宏崇は重度のゲーム・ヲタクであり、他人に興味を持っていない。自分がヲタクであることを昔から知っている宏崇には、素を晒せる成海。なんだかんだあって、ふたりは付き合うことになる。

 このふたりに、同僚の小柳花子と樺倉太郎のカップルが絡んでくる。小柳はレイヤー界隈で結構有名な男装コスプレイヤーで、樺倉は一般人以上ヲタク未満なヲタクだ。つまりはこちらもヲタクである。4人でヲタク・ライフを楽しみながら、成海と宏崇の恋は進んでいく。

 というのが第1巻の粗筋だ。物語のフォーマットは恋愛漫画といっていいだろう。実際、成海と宏崇の関係は、再会を経て付き合い始めてから、デート→家デート→キス→正式に告白と、しだいに深まっていく。実にオーソドックスな展開なのだ。

 ところがそこにヲタクという要素がぶち込まれることにより、恋愛ものに収まり切れない面白さが生まれている。先にデートと書いたが、コミケのことである。作成した同人誌を頒布する成海と、それを手伝う宏崇。もちろん小柳はレイヤーとして参加しているし、樺倉も付いてきている。コミケに行ったことのある人なら、つい笑わずにはいられない。ヲタクあるあるネタを山盛りにした、4人の言動が楽しいのだ。

 恋愛漫画であるが、ヲタク漫画として読んでも満足できる。しかも、特定の作品を使ったヲタク・ネタは少なくして、非ヲタの人でも物語に入りやすくしている。そこが広範な読者を獲得した理由ではなかろうか。

 さらにいえば、成海と宏崇の恋は、第1巻のラストできちんと成就する。恋愛漫画としては、1冊で完結しているのだ。作者のインタビューを読むと、これは意図的なものだったらしい。では第2巻から、何が描かれているのか。

 2組のカップルの日常である。やはりヲタク・ネタを盛り込みながら、彼らのイチャイチャが繰り広げられるのだ。もちろん波乱はある。成海が祭でナンパされるエピソードや、小柳がネックレスを無くしたことから樺倉と喧嘩になるエピソードなどだ。しかしどれも、すぐに解決する。ここに私は、作者のセンスを感じるのだ。

 ふたりの恋が成就したら、物語が終わる。これが恋愛漫画の理想であろう。だが人気が出ると、成就した後も続くことがある。そうすると、新たな登場人物を投入したり、いままで出てこなかった家庭の秘密が明らかになったりして、カップルの関係を引っ掻き回すというパターンに陥りがちだ。その結果、ストーリーがグダグタになり、失速していった恋愛漫画は幾つもある。

 この悪しきパターンを、作者は回避している。成海と宏崇。小柳と樺倉。2組のカップルの関係は揺らがない。だから読者は安心して、彼らのイチャイチャを堪能することができるのだ。

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