「笑っていいもんとあかんもんの線引きは、芸人のなかでもかなり難しい」 ジャルジャル・福徳秀介が語る繊細な“笑い”

「笑っていいもんとあかんもんの線引きは、芸人のなかでもかなり難しい」 ジャルジャル・福徳秀介が語る繊細な“笑い”

「ことわざ」は誰かのツッコミから始まった?

――小西は亡くなったおばあちゃんの言葉を折々に思い出していますけど、福徳さんご自身の思い出を重ねられたわけでは……。

福徳:一切ないですね(笑)。素敵なこと言われた記憶も、とくには。いちばん最初は、おばあちゃんのセリフを言うのはちがうキャラクターの予定だったんですよ。でも小西は、親はもちろん友達とかちょっと知り合っただけの人からかけられた言葉で、素直に元気づけられて行動するような奴じゃないやろなあと思って。……ああ、でもそういえば、ちっちゃいころに姉と喧嘩して「死ねー!」って言ったことがあるんですよ。そうしたらそれを聞いたばあちゃんが「死ねとか言うな!!」ってめっちゃ怒って。「ほんまに死んだらどうすんの!!」っていうのが唯一キレられた記憶なんですが、そのとき感じたばあちゃんの言葉の強さみたいなものが影響したのかもしれません。

――おばあちゃんのセリフ、すごく素敵ですよね。〈どれだけ顔を綺麗に化粧しても背中だけは化粧できない。背中は一生、すっぴん。(略)常に他人から背中を抜き打ちテストされてると思っときや。〉とか〈くだらないことは素晴らしいんだよ。だって『下らない』んだもん。つまり、上り続けるってこと。だから、くだらないことはたくさんしなさい。〉とか。

福徳:……あざっす!(笑)

――そんなおばあちゃんの思い出と、花ちゃんの語るお父さんの言葉が重なりあって、2人は距離を縮めていくわけですが……。花ちゃんのお父さんの〈幸せを感じたときは少しでも早くそれを言いたい。だから、しあわせ、じゃなくて、さちせって読んだ方が、早く幸せを伝えられる〉っていうのも素敵ですよね。山根くんの「友達って読み方を変えたらゆうだち。夕立みたいに雷が落ちて崩れることはあるけど、しばらく経てばきっと晴れる」っていうセリフとか、言葉の独特な解釈で世界を広げていく描写がとても好きでした。

福徳:僕、ことわざって誰かのツッコミやダジャレから始まったんじゃないかなって思ってるんですよ。「猿も木から落ちる」っていうのは今でこそ立派な格言みたいになっているけど、誰かが失敗したのを見て「いやいやお前も失敗すんのかい! まあ、猿も木から落ちることはあるけどな!」って突っ込んで、「なんやそのたとえ、おもろいなー」となって広まっていった、みたいな。絶対、そうやと思うんです。大昔に存在した山里(亮太)さんみたいな人がことわざを作ったはず。

――山里さんを例に言われると、そんな気がしてしまいます。

福徳:でしょう。山里さんとたまにおしゃべりさせてもらうと、おもろくて的確な言葉がぽんぽん出てくるんですよ。何やねん、どうなってんねん、っていつも思う。やっぱりお笑い芸人は言葉の人なんやろなあって思います。

言葉に興味を持つきっかけは「スピッツ」と『耳をすませば』だった

――言葉を大切にされているのは小説を読んでいても伝わってきますが、その感覚は芸人になってから磨かれたんですか?

福徳:まあ、そういう部分もありますけど、もとは中学時代に出会ったスピッツの曲ですね。新曲が出るたび歌詞をノートに書きだして「どういう意味なんや」って友達とああだこうだ言い合っていました。日本中で聴かれている曲なのに、よくよく歌詞の意味を考えてみると、けっこう難しいんですよ。人によって解釈も違うし、いろんな受け取り方ができる。でも一方で、同時期に観た映画の『耳をすませば』にも衝撃を受けて。あれって最後、プロポーズで終わるじゃないですか。小学校の低学年くらいまでは「好きな子ができる=いつか結婚する」だけど、いつしか「付き合いたい」とは思っても結婚までは考えなくなっていた。だけど聖司は、僕と同じ中学生なのに雫に「結婚してください」という。そのセリフに妙にハッとさせられて……。複雑な言葉とシンプルな言葉。どちらも違う形で人の心を揺さぶるんやな、っていうのが、妙に印象深かったんですよね。

――そう言われてみればこの小説も全体的に『耳をすませば』感がありますね。

福徳:わかります?(笑) 基本的に爽やかな物語にしたかったので、自然とそうなっちゃいましたね。まあ、当初に想定していた恋愛100%小説ではなくなって、人の生き死にとかが関わってくるお話になっちゃいましたけど。

――そうなんですよね。今作には恋愛だけでなく、山根との友情や、大切な人を予期せず失ってしまうことなど、多くの要素が描かれています。一見、物語の主筋とは関係なさそうなことも、すべてが繊細に重なりあって、ひとつの物語になっている。そしてそれをちゃんとユーモアをもって描かれているのが最高でした。どんなに悲しくてもつらくても、人は笑ってしまうんだなあという感じも。

福徳:ああ、ありがとうございます。僕もね、高1のときに親父が死んで、やっぱりめちゃくちゃショックだったんですよ。リビングに運ばれてきた棺を開けて、遺体を見て家族全員が泣きわめいて。でもそのとき、姉ちゃんが持っていたインスタントカメラで「お父さんとツーショット撮っていい?」って聞いたんです。そのころはまだカメラ付き携帯なんてなかったから、棺の横に顔をよせて、一生懸命カメラをかまえて撮ろうとしてた。それを見たお母さんは「やめて! そんなん!」って怒ったんですけど……僕、それがめっちゃおもしろくてしゃあなくて。みんな泣いてんのに僕ひとりだけがマジで笑いだしそうなのをこらえていた。まあ、現状を受けいれられなくて脳がそっちに逃避していたのかもしれないけど……その時に、こんなに悲しくても人って笑えるんやなあ、って思ったのを覚えています。だからかな、ユーモアってどんな状況でも大事なんちゃうかなあ、って思うんですよね。

――ユーモアでいうと、喫茶店のマスターの話もよかったです。コーヒーは〈ブラジル黒豆出汁〉、スクランブルエッグは〈卵を渋谷の交差点のように〉、目玉焼きは〈卵で日の丸国旗〉など独特な名前のメニューが並ぶなか、オムライスだけはオムライス。その理由を語るマスターが、小西の背中をわずかに押してくれるんですけれど、主筋には関係なさそうなそのエピソードが実はいちばん大事なんじゃないかという気がして。人生ってそういう、寄り道みたいなもののほうが大きな影響を与えてくれたりするよなあ、と。

福徳:ある意味、正解です。実はいちばん最初、このマスターの語った話を中心に小説を書こうと思って、物語を組み立てていったんですよ。ただまあ、延々と書き直していたせいで、どのエピソードにもキーワードにも思い入れが強くなりすぎてしまって。今となっては全部がメインですね。ほんま、大変でしたけど書けてよかった。最初は自分のためだけに書いていて、刊行すると決まってからは、ふだんあんまり本を読まない中高生とか、小西みたいな大学生に読んでほしいって思いながら書いていたけど、さすがに4年もかけたんだから、全世代に届け!って今は欲が出ています(笑)。よかったらみなさん、読んでください。

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■書籍情報
『今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は』

『今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は』

著者:福徳秀介
出版社:小学館
発売日:2020年11月11日
定価:本体1,500円+税 
https://www.shogakukan.co.jp/books/09386575

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