アラフィフの恋愛には複雑な事情があるーー窪美澄『私は女になりたい』が描く、女性の人生
彼女に関わる他の男達の存在も見逃せない。どこか達観している大学生の息子、カメラマンであり時々金をせびりにくるかつての夫、クリニックを金銭面などで援助し理解があるように見せながらも彼女を縛ろうとする老人。また、学生時代に自分を捨てた実母や、クリニックの女性スタッフ、公平のかつての婚約者といった女性たちも登場する。
母、妻、娘、女、医者というそれぞれの自分をもがき続けながらも受け入れていく姿が、窪美澄ならではの筆力で、切実に身に迫ってくる。公平と付き合うきっかけとなった渋谷の焼鳥屋や百貨店内の美術館、そして、彼の故郷の神戸。場所が互いの関係性を映し出す描写も素晴らしい。
物語の冒頭は50代の彼女の姿から始まる。これが最後の恋と思っていたのに、それから2人はどうなっていくのだろうか。女性にとって、年月そして年齢が引き起こす感情の揺れを改めて思い知らされる。
「奈美はなんか鶴みたいや。一匹ですくっと立っている鶴がおるやろ、あんな感じ。なんというか、もう怖いもんも、悲しいもんも、そういう普通の人間が持っているようなもん、そんなもんがいっこもないように見えるときがあんねん。それがな……」
そう言って公平はゴンドラの外に目をやった。神戸港の、星をまいたような光のきらめきが公平の瞳に映っているのが見えた。
「ちょっと寂しいこともあるんや」
読み終えて、奈美という1人の人間がしがらみを持ちながらも、女性として自身を解き放っていく姿に、勇気と眩しさを覚えたのは決して筆者だけではないだろう。本書は多くの物語を書いてきた窪美澄の、新たなステージに進むための作品になったはずだ。これからの活躍がさらに楽しみなった。
■山本亮
埼玉県出身。渋谷区大盛堂書店に勤務し、文芸書などを担当している。書店員歴は20年越え。1ヶ月に約20冊の書籍を読んでいる。マイブームは山田うどん、ぎょうざの満州の全メニュー制覇。
■書籍情報
『私は女になりたい』
著者:窪美澄
出版社:講談社
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