彩瀬まるが語る、「問題から逃げた」人生を描く意味 『さいはての家』トークイベントレポ

彩瀬まる『さいはての家』刊行記念イベント

 小説家・彩瀬まるの最新短編集『さいはての家』が集英社から刊行された。その刊行を記念して、1月24日に東京渋谷区の大盛堂書店でトークイベント&サイン会が行われた。

 『さいはての家』は、文芸誌『小説すばる』に寄稿していた連作短編をまとめた一冊だ。駆け落ち、逃亡、雲隠れ、行き詰まった人々が辿りついたある家を見つめる今作について小説家自ら解説するとあって、定員50名は即完売。リアルサウンド ブックでは今回、彩瀬の話をまとめて掲載する。聞き手は大盛堂書店の山本亮氏。(編集部)

左:大盛堂書店・山本亮、右:彩瀬まる

逃げた先でも物語は続く

彩瀬:彩瀬まると申します。本日はみなさまお集りいただきありがとうございます。久しぶりのイベントでちょっとガチガチなんですけど(笑)。よろしくお願いいたします。

ーーお子様がお生まれになったそうですが、お変わりなくお元気ですか?

彩瀬:子供の寝相が悪くて、私のわき腹に突き刺さるように寝てくるんで、毎晩一撃をくらって、朝起きたら腰痛というのを毎日繰り返しております…。

ーーお疲れ様です……。そんな中で、お書きになられた最新刊『さいはての家』ですが。

彩瀬:締め切りと寝不足の子育てから逃げたい気持ちで書いていたような気がします。

ーーTwitterで「原稿で行き詰まるたびにこの家に逃げたい!と思ってました。」と書かれてましたね。(https://twitter.com/maru_ayase/status/1215906670825525248)

彩瀬:書きましたね(笑)。郊外にある家賃の安いアパートで、近所にスーパーがあって、しかも周りは静かという感じ。そこの畳に寝っ転がって登場人物がしょっちゅう寝てるんですけど、何かの願望が投影されているような気がします。

ーー『さいはての家』は問題を抱えた人たちが逃げてきた“家”が小説の舞台ですね。

彩瀬:町から問題を抱えた人がいなくなって、“それからその人たちを見た者は誰もいない”みたいな物語の手法があると思うんですけど、むしろその逃げた人たちは、逃げた先でどんな景色を見たんだろうとか、その後どんな人生を送るんだろうというのが気になったんです。実際、一章の「はねつき」を書いてみたら、当たり前だけど、逃げた先でも人生は続くし、それぞれの物語は続くし、逃げた瞬間は素晴らしいと思われた関係性も段々大したことのないものになってしまったり、もしくはその人自身が変化していくことが改めて分かったんです。逃げたことで視点人物がものの考え方を進化させていくのに、今まで書いた話とは違う手応えを感じました。

ーーなるほど。今までの作品とは違った手応えですか。

彩瀬:『神様のケーキを頬ばるまで』だったら一つのビルだったり、『骨を彩る』だったら同じ町内だったり、そうした枠組みから外れない人たちの話とは違って、一つの場所から移動した人、逃げた人、逃げることを選択した人を書くと、物語をより過激にしても構造が保てるようになる。それが面白かったです。

ーーそれでこのテーマで書き続けようと思ったんですね。

彩瀬:そうですね。「はねつき」が面白かったから続けようという話になったんですが、次の「ゆすらうめ」に取り掛かるまで、仕事がバタバタしてなかなか集英社さんに帰ってこられずに間が空いてしまいました。

ーー第一章の「はねつき」は駆け落ちをした男女の話です。どうしてこのテーマを書いたのですか?

彩瀬:前半で描いたような、無邪気で無防備で、人生に対して受け身の状態の女性像は、小説であれ他の文化であれ、これまでよく描かれてきたものであると感じています。この主人公の女性はもともと男性のわがままを受け止めたり、男性の役に立つことに対して心から生きがいを感じている訳ではないんですが、認識が追いついてない。書いてる最中はそこまで言語化できなかったんですけど、これまで多く書かれてきたそういう女性達が、それを反逆するような形になるといいなあと思って書いていました。

ーー男性に尽くす女性の心が、少しずつ変化していく様子が描かれていますね。

彩瀬:野田は主人公が好きっていうより、主人公が体現する女性像が好き。主人公も厳密に野田が好きっていうよりも、主人公の中で思い描いている、自分にとって何かいい夢を見せてくれる男性像みたいなものが好きなんです。作中で、「私はバカかもしれない。嫌いはわかっても、憎むことがよくわからない」ってセリフがあるんですが、主人公は憎むということを覚えて、やっと自分を取りまく理不尽に対して「それひどいんじゃないの」って言えたんだと思います。

ーー嫌いと憎むの違いは難しいですよね。

彩瀬:私も書きながら、憎むと嫌いの違いは何だろうって考えていました。嫌いって離れたり相手との交流を絶つという選択ができるけれど、憎むっていうのは嫌いながらも相手に何かを期待したり、求めたりしている状態なんじゃないかなと思います。

ーーネズミの登場も象徴的なものを感じました。

彩瀬:前半は家に出たネズミの処理を当たり前のように野田にやらせていますが、あれは自分たちに降りかかる問題を自分で始末する手際を持たないということなんです。相手が始末してくれるから、結果的に相手に従属することになってしまう。でも自分がその問題をはじめから最後まで始末できるようになると、きっと恐怖は消えると思うんです。

ーーとても印象深い章でした。

彩瀬:ありがとうございます。「はねつき」を書いている時は手探りでした。駆け落ちをした人たちは相思相愛で駆け落ちをしたけれども、そのあとって幸せになりましたで終わりなのか、多分そうじゃないよなと考えて。閉鎖的な人間関係の中で、どんな動乱があるだろうと模索していく中で、ひょろっとネズミが出てきましたね。

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