『ねこぢるうどん』の不穏さは現代を予見していた? 90年代の不条理ギャグが映し出す変化

『ねこぢるうどん』連載時のムード

 ねこぢるは漫画家としての評価を獲得し、『ねこぢるだんご』『ねこぢる食堂』『ねこ神様』などの作品を発表した後、98年に自死を遂げた。にゃーこたちの物語は「ねこぢるy」名義の作品に引き継がれ、ファンタジーの色合いを強めていき、企業のキャラクターになり、アニメ作品が制作され、キャラクターグッズとしても人気となった。不気味でシュールな側面ではなく、子供にも愛される親しみやすいキャラとして商業的に成功した、というわけだ。そのことの是非は問わないが、ねこぢるの死去に伴い、その本質は失われてしまったと、筆者は思っている。

 同じ時期、一世を風靡した不条理ギャグマンガも徐々に衰退した。その理由としては、過激な表現、ナンセンスな表現を追求し続け、マンガ自体が出口のない袋小路に入ってしまったこともそうだが、現実の世界で阪神淡路弾震災、オウム真理教事件などが立て続けに起こり、社会の状況が大きく変わったことも大きく影響している。そのことについて吉田戦車は、2019年1月に放送されたNHKクローズアップ現代「始まりから終わりへ~ヒットメーカーの平成~」に出演した際、こんなふうに語っている。

「(不条理マンガの盛り上がりは)本来、あってもなくてもいいものを面白がれる余裕が社会にあったから」と分析。さらに「その余裕は30年掛けて、失われていった」としたうえで、「現実でこんなことされたんじゃ、フィクションの不条理の出番ないよな、みたいな空気が醸成されていった」と当時のムードを振り返っている。

 繰り返しになるが、ねこぢるの特異な才能がもっとも輝いてたのは、『ねこぢるうどん』『ねこぢるうどん2』の2冊だ。今読み返してみると、差別、貧困、DVなど、2020年の社会の問題と強くリンクしていることに驚かされる。シュールで不気味な「ねこぢる」の世界は、約25年経ってようやく、現実社会と重なりつつあるのだと思う。

■森朋之
音楽ライター。J-POPを中心に幅広いジャンルでインタビュー、執筆を行っている。主な寄稿先に『Real Sound』『音楽ナタリー』『オリコン』『Mikiki』など。

■書籍情報
『ねこぢるうどん』
価格:1,000円+税
出版社:青林堂

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