将棋界に現れた天才少女は女性差別にも立ち向かうーー『龍と苺』が描く、命を賭けた戦いの熱さ
芥川賞と直木賞を女子高生が同時に受賞するという、前代未聞の出来事を漫画『響~小説家になる方法~』で描き、マンガ大賞2017に輝いた柳本光晴が、8月18日発売の新刊で、またしても前代未聞に挑んでいる。14歳の女子中学生が、未だかつて女性のプロ棋士が現れていない将棋の世界で最強を目指す漫画『龍と苺(1)』だ。
クラスメートにいじめを繰り返していた男子生徒を、椅子で殴り倒した14歳の女子中学生、藍田苺。元校長で、今はスクールカウンセラーをしている宮村は面談に当たって、何かをしながらの方が理由を話しやすいだろうと、苺を将棋に誘う。このとき苺は、金や銀の動かし方どころか、駒の並べ方すら知らない将棋のド素人だった。ところが、少し教わっただけで将棋の根本を理解して、熟達者の宮村を追い詰めていく。
あの藤井聡太二冠は、5歳の夏に将棋のルールを教わって、秋には祖父に勝てるようになったというから、苺が超天才ならあり得る話かもしれない。もっとも苺は、同じ列に歩を2枚置いてはいけないルールを知らず、反則負けを喫してしまう。自分から勝負に命を賭けようと提案していたため、苺は宮村の言うことを聞く羽目となり、市内で開かれた将棋大会に参加させられる。
そこで、苺を激高させる出来事が起こる。対局相手の男たちが、誰も彼も苺を女だからと見下してバカにした。「女ゆうのは頭使うのに向いていないんや」と言い放つ対局者も現れた。公の場で政治家が口にすれば、謝罪では済まず辞職に追い込まれそうな暴言が飛び交うくらい、女性というだけでさげすまれている。なぜなのか。現実でもプロと呼ばれる四段以上の棋士になった女性が、今まで一人も出ていないからだ。
棋戦の中継に解説役として登場する女性の棋士は、厳密には藤井二冠や羽生善治九段のようなプロ棋士ではなく、女流棋士と呼ばれるカテゴリーに属している。目下最強と言われる里見香奈女流四冠も女流棋士で、タイトルはすべて女流棋戦のもの。ときに女流棋士が男性のプロ棋士を破ることがあっても、基本的にはプロ棋士はもちろん、プロ棋士を目指して奨励会という場所で戦っている子どもたちにすら女性は及ばない。そう見なされている。
だから苺は戦うことにした。プロ棋士が相手でも絶対に負けないくらい、強くなろうと決意した。ここから始まる物語には、天才が生まれ持った才能で強敵を蹴散らしていくという面白みがある。準決勝で元奨励会の男性を破り、決勝では棋界最高峰の名人位にあるプロ棋士が父親の女子中学生、大鷹月子を投了に追い込む苺の天才ぶりに惚れ惚れとする。
それに加えて、というよりむしろ『龍と苺』には、14歳の女子中学生が、男尊女卑とも言える偏見や蔑視に敢然と挑み、突破していく革命にも似た熱気が満ちている。
型破りの天才による攪乱の物語だったら、『響~小説家になる方法~』ですでに描かれている。藤井二冠というフィクションを超える存在が現実が現れている状況で、将棋の若き天才が勝ち抜いていく部分だけでは意外性にも欠ける。『龍と苺』は、「原始女性は太陽であった」の昔から、ウーマンリブなり、男女雇用機会均等法なり、MeTooなりといった運動を経てもなお残る女性への偏見が、読者の怒りを誘い物語へと引きずり込む。