藤井棋聖はフィクションを追い越すか? 『りゅうおうのおしごと!』が挑戦する、将棋のまだ見ぬ可能性

ライトノベルの世界観を藤井棋聖が覆す?

 『りゅうおうのおしごと!13』は、八一の下であいとともに将棋を研究していた女子小学生たちのひとり、水越澪が父親の仕事でヨーロッパに旅立つのを関空まで見送りに行く、幕間のようなエピソードとなっている。別れ際に空港で指した将棋で、八一が認める天才のあいを相手に、澪が「コンパ昆布魅力ハムハムバロック武蔵日誌に新聞紙発進鼻血ミジンコ梨みんな」と意味不明の言葉をつぶやき、藤井棋聖に負けない深読みをするあいを追い詰めてく展開からは、努力によって才能に迫れる可能性が感じられる。

 ほかにも、竜王の初防衛戦で八一を3連敗の瀬戸際まで追い込んだ名人ら、登場する棋士たちが指す将棋や示す将棋観から、藤井棋聖が生きる将棋の世界の厳しさや奥深さを知ることができる。『りゅうおうのおしごと!』シリーズはフィクションで、現実に追い抜かれそうになっているが、そこには作者の熱心な取材の成果が盛り込まれ、ありったけの想像力がぶち込まれている。だからこそ本格将棋小説として強い輝きを放つのだ。

 現実に追い付かれそうな部分としては、銀子が『りゅうおうのおしごと!12』で成し遂げた、女性による初の四段プロ棋士誕生がある。現在行われている三段リーグで全18局を戦い、上位2人に入った棋士が四段に上がれる仕組みの中、西山朋佳三段が8月8日までの対局で7勝3敗と比較的上位につけている。2敗勢がまだ多くいるが、連勝していけば2位以内も夢ではない。3位でも次点2回でフリークラスでの四段昇段が叶う。

 女流棋士は厳密な意味でのプロ棋士ではなく、将棋の世界で少し複雑な立場に置かれている。西山三段が昇段すれば、女性でもプロ棋士になれることを満天下に示して、藤井棋聖の活躍にも勝る勇気を将棋女子たちに与えるだろう。八一の苦闘と並行して、男ばかりの三段リーグで戦う銀子の苦しみや、女流棋士たちの懊悩を描いてきた作者にとって、こればかりはフィクションに勝ってほしい現実かもしれない。

 今後についても、小学生で女流棋士となった雛鶴あいの戴冠や、プロ棋士となった銀子が竜王戦で八一に挑むといった、期待したくなる展開が幾らでもある。ラノベ作家の想像力が繰り出すエキサイティングなストーリーと、掘り下げられて示される将棋界の奥深さ、あふれ出す将棋の面白さを堪能しながら、いよいよ突入する最終章を追っていきたい。

■タニグチリウイチ
愛知県生まれ、書評家・ライター。ライトノベルを中心に『SFマガジン』『ミステリマガジン』で書評を執筆、本の雑誌社『おすすめ文庫王国』でもライトノベルのベスト10を紹介。文庫解説では越谷オサム『いとみち』3部作をすべて担当。小学館の『漫画家本』シリーズに細野不二彦、一ノ関圭、小山ゆうらの作品評を執筆。2019年3月まで勤務していた新聞社ではアニメやゲームの記事を良く手がけ、退職後もアニメや映画の監督インタビュー、エンタメ系イベントのリポートなどを各所に執筆。

■書籍情報

『りゅうおうのおしごと!』(GA文庫)既刊13巻
著者:白鳥士郎
イラスト:しらび
出版社:SBクリエイティブ
https://www.ganganonline.com/contents/ryuou/

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