伴名練『全てのアイドルが老いない世界』に寄せてーー文学アイドル・西田藍レビュー

西田藍の『全てのアイドルが老いない世界』評

 『小説すばる6・7月合併号』に掲載されたSF作家・伴名練の新作中篇『全てのアイドルが老いない世界』が、7月17日より電子書籍で配信開始となった。『なめらかな世界と、その敵』で知られる著者が、次なる題材として選んだのは「アイドル」。超常的な存在として描かれる作中の「アイドル」を、現実のアイドルはどう捉えたのか。『ミスiD2013』で準グランプリとなり、文学アイドルとして活躍する西田藍が、集英社文芸・公式noteに寄稿した同作のレビューを全文掲載する。

(参考:伴名練が語る、SFと現実社会の関係性 「大きな出来事や変化は、フィクションに後から必ず反映される」

終われないアイドル

伴名練『全てのアイドルが老いない世界』(小説すばる Digital Book)

 あら懐かしい昭和のアイドルの話かしらと思えば、いきなり世界は電脳的な未来へ飛ぶ。私があまり好きではないアイドルの神格化の話かしらん、うむ、と読み進めたがどうやら様子がおかしい。アイドルが神格化されているのではない。ある意味人間にとっては神そのもの――神といっても一神教的神ではなく、畏怖の対象である存在、神でも悪魔でも精霊でもおばけでも妖怪でも、呼び名は様々だがとにかく人間の形をした人間でない者が、人間社会での生存手段として「アイドル」という仕事をしていることがわかってくる。

 作中の彼女たちが立つ芸能舞台、その枠の一つであるアイドルステージというのはとても魅惑的な空間である。キャラクターや人格を愛することは、デジタルの世界でも完結できるが、ステージで熱狂するには、アイドルの確かな身体性が必要だ。声を出し、体を動かし、幻想を生み出すためには肉体が不可欠である。そのステージや握手会での「接触」によって、彼女らは一般人の生気を貰い、不老不死を保っている。そんな超常的な「アイドル」たちも、身体性を極めるのを欠かさない。歌唱、舞踊、キャラクター性、サービス、会話。感情労働であり肉体労働であり、表現活動である。しかし、それを労働だと見せないのも「アイドル」の仕事の内である。

 さきほど、呼び名は様々といったが、彼女たち「アイドル」の呼称として私が一番しっくりくるのは、「魔女」「聖母」という相反する概念だ。男性と家庭を築かず、その能力を持って人を魅了し、みだらであり、彼女らの世界の中を一般人は覗くことは本来なら許されない。処女であり、母であり、知的な存在であって、人々を癒やし、そばにいるが、誰のものにもならない。現代のアイドルとされる職業も似てるね、というのはまあ気軽な連想だが(実際には全員がそうではない。しかし、その基本設定があるからこそそうでない「アイドル」が特別視される。不良でもアイドル、ママでもアイドル、一生アイドル、セクシャリティも多様なアイドル)。

 アイドルを名乗りアイドル活動をさせてもらっていて、女性アイドルのファンでもあった私は、いわゆる「接触」はするほうもされるほうも経験がある。あの子から生気を貰ったけど私は誰かに生気をあげられていただろうかとか、感情労働とはいってもそれは双方向の好意がある場合は一般のそれとは違うのではないかとか、ぐるぐる連想してみる。

 現実世界のアイドルは普通の人間だけれど、アイドルファンの私は都合よく彼女たちを神聖視して、人間としての実生活には興味がない。対する作中世界の「アイドル」は、「アイドル」であることで生存しているから、それによって行われる実生活上の人権制限も仕方ないことになる、そもそも人に害為す存在なのだから。現実世界のアイドル文化の光と闇の、闇の部分をぎゅっと凝縮して、でも、それが「アイドル」とそうでない者の最適な関係なのだと思わせるような、絶妙な設定である。

 作中の「アイドル」は一般の人間として過ごすことを選ぶこともでき、我々一般の人間のように適当なタイミングで老い、恋愛をして、生殖することも可能だ。そういう道を選んだ「アイドル」のことを考えると、「子供を作るには産まなければいけない」という出産への恐怖が、実は「産むことができる」強みの裏返しであったことに気づき、自分が年齢を重ねるに連れ、体内で子供が生成されるのはスゴイぞ、ま、使う機会があるとイイね!と気楽な気持ちになっていった自身の心の変化を思う。

 子供を産む能力が自分に備わっている(らしい)と知ったのは、幼稚園のときである。女の子はいつかお母さんになるよ、というのは聞いたことがあったが、だんだんきょうだいが産まれてきた子どもたちの「ママの出産実話」が噂話になった。腹の中に赤ん坊が生成され、股の穴から出てくる、または腹を切る、それはどちらもとても痛い。逃れられないものだという。出産という出来事が自分にも降りかかるものだと知った、ばら組の私たちにとっては、それはひたすら衝撃的な恐怖実話であった。

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