『鬼滅の刃』評論家座談会【前篇】「現代におけるヒーローとヒールをちゃんと描いた」

『鬼滅の刃』評論家座談会【前篇】

 近年稀に見る超大ヒットで、一躍時代を代表する少年漫画の一つとなった『鬼滅の刃』。5月18日発売の『週刊少年ジャンプ24号』にて最終回を迎えた現在もファンの熱は冷めやらぬ状況で、新刊やスピンオフ小説、新作映画などが大きな注目を集めている。いったいなぜ『鬼滅の刃』はこれほどまでに人々の心を惹きつけるのか?

 リアルサウンド ブックでは、漫画編集者の島田一志氏、ドラマ評論家の成馬零一氏、書評家の倉本さおり氏による『鬼滅の刃』座談会を開催。前篇では、『鬼滅の刃』最終回への率直な感想から、好きなキャラクターについてまで、大いに語り合った。(編集部)

※本稿にはネタバレがあります。

『鬼滅の刃』はヒーローとヒールをちゃんと描いた

成馬:『鬼滅の刃』の最終回はきれいに終わりましたね。個人的な好みで言うと、もう一波乱あっても良かったと思うのですが、大メジャー雑誌のジャンプに掲載されている漫画が、自分の好みどおりに終わることは滅多にないので、そこはまぁ、納得しているという感じです。倉本さんは最終回をどう読みましたか?

倉本:私は、むしろこんなに丁寧にウィニングランをやるんだなと思いました。ジャンプ作品は人気のある作品でも場合によっては打ち切りみたいな感じで駆け足で終わってしまうケースも多いです。でも、近年では例えば『NARUTO -ナルト-』などは、どのキャラクターがカップリングして、どんな家族を形成したのかまで描いている。長期連載で枝を広げすぎた作品だからこその終わり方だと思っていたので、『鬼滅の刃』がこういう終わり方をしたのは少し意外でした。とはいえ、ネットでの評判を読むと、その後の話をもっとちゃんと描いてほしいとの声も少なくなくて。もしかすると今の読者は、『NARUTO -ナルト-』とか『BLEACH』くらい、誰と誰がどうくっついたのかまではっきり描ききってほしいのかなと思いました。

成馬:最終話は独立した短編みたいでしたね。炭治郎たちの時代から世代を経て、生まれ変わったらしき人も何人かいるけど、具体的な説明は省かれているので、少しわかりにくいかもしれませんね。生まれ代わりの中には初期に登場したキャラクターも混ざっていたので、内容を理解するために、何度も読み返しました。

島田:私は編集者なので、どうしてもそちら側の立ち場でものを考えてしまうんですけど、ジャンプ編集部はよく人気絶頂の中で終わらせたなと感心しました。プロデュースする側としては、せめて秋の劇場版の公開までは、なんとか連載を引っ張りたいと思うのが普通の感覚でしょう? でも、きっと吾峠先生が最初に描きたいと思ったことは、最終回の内容も含め、すべてやりきったんでしょうね。その潔さは本当にかっこいい。で、これは完全に私の妄想になるのですが、クライマックスで禰豆子が無惨の器になって……つまり、「最強にして最後の鬼」になって鬼殺隊を殲滅(せんめつ)する、という絶望的なラストもあったかなと(笑)。でも、そうはならずにちゃんと正義が貫かれたところにジャンプイズムがあったと思いますし、あれだけの惨劇の後に、能天気な現代劇が描かれるエンディングもひとつの“らしさ”なのかなと。

成馬:自分の好みと違ったのは、やはりその辺で、完全に鬼がいない世界になってしまったことにモヤっとしました。例えば、生まれ変わりの中に鬼舞辻無惨が混ざっていたら、個人的には納得できたのですが、鬼側は全員、成仏して鬼のいない世界になっている。唯一、愈史郎だけは生き延びていますが、彼は人間側で戦った鬼なので立ち位置が違いますよね。最後に鬼と人間の世界をはっきりと分けたのが、個人的には意外でした。例えば冨樫義博先生なら、人間と鬼の世界が最後に融合する姿を描くと思うんですよ。『幽遊白書』なら人間と妖怪、『レベルE』なら人間と宇宙人、『HUNTER×HUNTER』なら人間とキメラアントという、人間と人間以外の生物の衝突からはじまり、双方の世界が融合して、善悪の境界が曖昧になることが、最終的な落としどころになる。最近のジャンプ漫画でいうと、『呪術廻戦』や『チェンソーマン』も、基本的にそのような倫理観で描かれていると感じます。だから、終盤で無惨と炭治郎が融合しそうになった時は、驚くと同時にある種の必然だなぁと思って「このまま炭治郎が無惨と融合して鬼と人間の中間に存在になって、現代編になるのかな?」と思ったので、逆にそうならなかったことに驚きました。

倉本:吾峠先生が大きな影響を受けたという『ジョジョの奇妙な冒険』は、まさに「最大の敵」であったはずのディオが次第に主人公たちの血脈と、混ざりあっていく展開になりましたよね。鬼滅の連載が始まる前に発表された読み切り作品を所収した『吾峠呼世春短編集』を読むと、「蠅庭のジグザク」という話では「人間ってそう簡単に悔い改めたりしないですよね」なんてセリフもあるくらいで、単純な善悪の二元論の物語ではありませんでした。ジャンプに読み切りとして掲載されたとき、そういう両義的な作風と余白を感じるセリフに触れて「なんて大人な漫画だろう」と感じていたので、その意味でも『鬼滅の刃』は意外な作品で。

成馬:ジョジョもシリーズを重ねるごとに善と悪の融合へと話が向かうんですよね。第一部で敵対関係にあったジョナサン・ジョースターとディオ・ブランドーは、第三部でディオがジョナサンの肉体を奪い一体化しますし、第五部のジョルノ・ジョバァーナはディオ(肉体はジョナサン)の血を引いている。現在連載中の『ジョジョリオン』は、一種のパラレルワールドで、過去に『ジョジョ』に登場したキャラクターと名前が似たキャラクターが多数登場するのですが、主人公の東方定助は、吉良吉影と空条仗世文が融合した存在とされていて、第4部の悪役とジョジョが融合している。善と悪の融合は、人間が悪魔と合体して悪魔人間となる『デビルマン』以降、設定としても物語の落とし所としても、少年マンガのスタンダードになっていると思うのですが『鬼滅の刃』は最終的にそうならなかった。それが逆に新鮮で、だからこそ大ヒットしたのかもしれません。

倉本:それは、なんとなく感じます。『鬼滅の刃』は大学生にも大人気で、私が持っている授業の中で「桃太郎は鬼退治に行きました」という一文を膨らませてお話を作るという課題を出したところ、桃太郎が鬼に反転するとか、本当は鬼も悪いやつじゃなかったといった話が多くて、「鬼=絶対退治すべきもの」というパターンで作られた話はほとんどなかったんです。今の若い世代にとっては、鬼退治が所与の正義として受け入れられないからこそ、『鬼滅の刃』に考えさせられる部分は大きいのかもしれません。

島田:たしかに、これまで『デビルマン』をはじめとした数多くの漫画が善と悪の融合や逆転を描いてきましたから、そういう感覚は日本の少年少女に自然と刷り込まれているのかもしれませんね。ご存じのように、鬼殺隊のほとんどの隊士たちのモチベーションには、家族を鬼に殺されたというような「復讐心」が根本にあるわけですけど、その意味では彼らもある種の「鬼」なんですよね。つまり、この漫画では基本的に「鬼と鬼が戦っている」という構造があって、どちらの鬼にもそれぞれの事情があるとしつつも、最終的に「悪は悪」として描き切っています。

 少し話はズレるのですが、私は日本の少年漫画や青年漫画は、性と暴力の表現に手を抜かなかったからこそ進化・発展したのだと考えています。そもそもその手のジャンルの開拓者は手塚治虫先生なんですけど、手塚先生は、そういうものこそが、大衆が最も見たいものなんだということを知っていたんですね。『鬼滅の刃』は直接的な性描写こそないものの、暴力の描写はものすごくて、同作から炭治郎や煉獄杏寿郎のような一部の「まっすぐな」キャラを除外して考えてみたら、とてつもなくグロテスクで残酷な漫画になる。たとえば、胡蝶しのぶが殺されるシーンなんて、子供にとってはトラウマになると思うんですよ。でも、私の場合『デビルマン』がそうだったように、トラウマになるほどの激しい暴力表現というものは、逆に読み手に「正しいことは何か」ということを考えさせるものだと思いますし、そこを高く評価したいです。

『鬼滅の刃(2)』

成馬:僕の『鬼滅の刃』に対する評価はシンプルで、現代におけるヒーローとヒールをちゃんと描いたことがすごかったと思うんです。つまり、「何が正しくて何が間違っているか」という善悪を物語の中で描ききった。炭治郎と無惨の対比はすごく古典的なものですが、その古さが、一回りして新しい価値観となって、多くの読者に受け入れられた。その倫理観が、震災を経て、現在のコロナ禍の社会で生きる人々に訴えかけるものがあったのかなと思います。言い換えるなら、人々は“正しさ”に飢えているところがあって、その期待に応えたのが『鬼滅の刃』であり、炭治郎というキャラクターだった。

倉本:オールドジャンプを読んで育った世代としては、炭治郎のすがすがしいほどのスポ根ぶりにどうしても惹かれてしまう部分があるのですが、この令和の時代に根性論で進んでいく感じは新鮮にも感じられて。炭治郎は善逸や伊之助や禰豆子に対して「頑張れ!」って一生懸命に応援しているだけじゃなく、自分自身に対しても「頑張れ炭治郎頑張れ!」って応援する。それはスパルタのように、他者に同じ労働を強いるのとはちょっと違うんですよね。蝶屋敷の神崎アオイは鬼殺隊に入ったものの怖くて戦えなくてサポートに徹しているんだけれど、炭治郎は「人にはそれぞれ持ち場があるから、戦えない人は戦わなくていい」という感じで肯定していく。その肯定力こそが、人々に求められている部分なのかなと思っていました。

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