幽霊の「うらめしや」ポーズは神経麻痺だった? 脳神経内科が“怪談”を分析
そんな切り口のユニークさに目が行きがちとなるが、怪談を頭ごなしに嘘だと否定しない誠実さも本書の魅力だ。第9章「幽体離脱—体外離脱体験」では『伊勢物語』第百十段が取り上げられる。あなたが昨夜夢に出てきたと女が恋人に教えると、思いが募って魂だけさまよい出たのだと男が答えるという、甘美な経験として幽体離脱が語られるこの場面。恋人たちの妄想だろうと片付けられそうなものだが、本書ではそうはいかない。
〈本人やご家族から、「病歴が医者に語られる」ことに最も診断的価値がある〉という脳神経内科の原則に則り、作品で語られていることを丁寧に読み解き、症状を把握することが肝となる。〈ベタな恋の歌に、知る人ぞ知るオカルトやサブカルネタは持ってこないと思われる〉と、二人の話が本当であると信じて、特定の脳部位由来の現象である「体外離脱体験」が起きていたのではないかと診察が始まる。
かつてオカルトだと色物視されていた体外離脱体験は近年、科学研究の対象となり現象の解明が進んでいるという。睡眠麻痺中に経験し、楽しさや幸福感を覚えるケースが多いというその特徴は、『伊勢物語』に出てくる幽体離脱にも当てはまる。話のリアリティが平安時代から一千年がかりで科学的に証明されていく本書を読むと、「怪談なんて迷信だ」と断じることが非科学的に思えてくる。
■藤井勉
1983年生まれ。「エキサイトレビュー」などで、文芸・ノンフィクション・音楽を中心に新刊書籍の書評を執筆。共著に『村上春樹を音楽で読み解く』(日本文芸社)、『村上春樹の100曲』(立東舎)。Twitter:@kawaibuchou
■書籍情報
『怪談に学ぶ脳神経内科』
著者:駒ヶ嶺朋子
出版社:中外医学社
価格:本体3,200円+税
<発売中>
http://chugaiigaku.jp/item/detail.php?id=3129