『ダブル』野田彩子が語る、演技を漫画で表現する難しさと面白さ 「二次創作をずっとやってきたので、お話の中の人間に惹かれる」

『ダブル』作者・野田彩子インタビュー

 2020年発表の第23回文化庁メディア芸術祭マンガ部門で優秀賞を受賞した野田彩子『ダブル』は「役者マンガ」だ。

 『ダブル』の主役はともに30歳の役者である宝田多家良と鴨島友仁。同じ小さな劇団に所属して7年。鴨島は自身が「世界一の役者になる」と信じる宝田のために生活をともにし、役に「入り込む」タイプの彼が演技に集中できるように尽くす。ある事務所に所属することになった多家良は、初めてTVドラマで端役以上の役としての出演の機会を得る。ところが多家良は理屈屋の友仁と共に練り込んだ演技プランとは異なる演出を若手監督に強いられ、混乱する――。

 多家良は友仁を必要とし、しかし役者として羽ばたくためにはいつまでもいっしょにはいられないというジレンマを描いた作品が、いま、熱い支持を得ている。著者の野田彩子と、本作が「マンガ編集者としての初担当作品」だという『ふらっとヒーローズ』編集部・稲泉広平氏に役者マンガとしての『ダブル』の魅力について訊いた。(飯田一史)

演技の世界をマンガで描くことの難しさ

――役者マンガを描いていて難しいところはどんなところですか?

野田:役者の演技を描いたあとに他のキャラが感動している絵を入れたとしても、読者が役者の表情に納得できないと、マンガ全体が納得できないものになってしまう。そこが一番難しいですね。絵で描けないと「もたない」シーンが多い。私はもともとセリフで説明するのがあまり得意ではないうえに、役者マンガは特に演技シーンを「この役者、顔がいい!」という説得力が絵で表現できないと嘘っぽくなる。だから顔は気合いを入れて描いています。

――そうですよね。「ああ、こんな表情見せられたらたしかに演出家だって納得するよね」ということを止め絵で見せないといけない。それは時間芸術である演劇や映像と決定的に違うところです。

野田:私は「新井煮干し子」名義でボーイズラブを描いていることもあって、もともと「一対一」「ふたりの世界」を描きがちなんですね。「そのふたりを第三者が見たときの世界なんて描かなくてもいいのでは?」と思って今までは描いてこなかったので、第三者視点で多家良の演技がどう見えるのかを描くのはこわかったんです。

――役者マンガでは「俳優同士がひとつの役をめぐって争う」展開になることが多く、役者同士の演技方法の違いを対比させて対立を盛り立てていくのがひとつのパターンになっています。でも『ダブル』は今のところそういう物語ではない。なんでだろうと思っていましたが、今の、あくまで「ふたりの世界」を軸に描きたい、というお話で腑に落ちました。

野田:多家良と友仁が同じ役をやりたがる感じになるかなというとそうではないだろうし、じゃあそれとは別に多家良にライバルキャラがいるかというと、そういう感じでもない。2巻では家良と友仁は同じ映画の同じ役のオーディションを受けに行っているんですけどね(笑)。自分が受けていたキャラに親友が受かったときにどういうリアクションになるのかなと考えたときに、そこでヒリヒリするような世界観の話ではないかな、と。同じアパートに住んでいて、そのあとも毎日顔を合わせるわけだから。

 それと第三者評価を入れて誰かと誰かを競わせると、相対的によくない人も描かないといけないですよね。これは私の羞恥心の問題なんですけど、うまくいってない人を描くのがこわくて。恥ずかしくて手を出せない分野です。

――なるほど。

野田:あと私は若手俳優の出る舞台をよく観劇するのですが、そういう世界ではたくさんオーディション受けてたくさん落ちるのが日常だと聞きます。しかも、あるキャラのオーディションを受けに行ったけど当日「こっちのキャラも受けてみたら?」と言われて受けたらそっちに決まった、みたいなこともあると。「この役をどうしてもやりたい!」ということは現実にももちろんあると思うんですけど、その熱量のまま決まるかというとそうでもないのかな、と。「主役を目指して勝ち取った」的なものとは違う、役への向き合い方もあるんじゃないかと思いました。

――『ダブル』が役者マンガとして異例なところとしては、他に友仁が「代役を望んでやる」という変わったやつという点もあります。他の役者ものでは「代役として入るんだけどその役を奪い取る」みたいなステップとして代役という装置が使われることはあっても、友仁みたいな役者を描いた作品は見たことがなかったです。

野田:以前、蜷川幸雄さんについて書かれた本を読んだときに、スケジュールが空いてない主役級の代わりに稽古場に来ている役者の話が書いてあって。そのとき「稽古専用の代役」がいることを初めて知ったんです。「自分は出ない舞台の稽古にどういう気持ちで行くんだろう?」「でもけっこう楽しいんじゃないのかな? 少なくとも家で何もしていないよりは楽しいだろうな」……といろいろ考えたことがありまして。

 それで『ダブル』では最初から「代役の話が描きたい」と思っていました。もちろん、本当に友仁みたいに「自分が才能を見込んだ役者のために代役を進んでやる」という俳優がいるかと言えばいないと思うんですが、マンガだから何かしらありえない部分があって、それをきっかけに話が転がっていくものにしたいな、と。

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