「ヤンマー」アニメ製作に参入 キーマンに聞く、意外すぎる挑戦の理由
■あの“ヤンマー”がなぜアニメを?

「ヤン坊マー坊」の天気予報でもおなじみのヤンマーが、完全新作のオリジナルアニメを製作するということで大きな話題になっている。
2025年春に地上波での放送が決定した『未ル わたしのみらい』と題したロボットアニメは、総合プロデューサーに植田益朗、放送5話目(Ep.926)のキャラクターデザイナーに西位輝実を迎えるなど、豪華布陣で製作する。しかも、ヤンマーの1社が製作資金を全額出資するという。複数社が出資する、いわゆる製作委員会方式が一般的なアニメ業界では珍しい事例といえる。
いったいなぜ、ヤンマーがアニメをつくるのか。キーマンである長屋明浩氏に話を聞いてみると、ヤンマーが企業活動に込める熱い思いが感じられた。
■若い人たちがヤンマーを知らない

――トラクターなどの農機具で有名なヤンマーさんがアニメを作ると聞いて、驚いています。
長屋:ヤンマーは10年くらい前に、第一次産業に若い人を呼ぶために“プレミアムブランドプロジェクト”を立ち上げ、その過程で衝撃的にトラクターがかっこよくなった出来事がありました。それから10年経ちましたが、ヤンマーブランドの向上という面では課題があったのです。私はこれまで、他社で自動車のデザインやブランディングに取り組んできましたが、2022年の5月にヤンマーに招かれ、課題解決に取り組むことになりました。
――ヤンマーさんから提示されたのは、どんな課題でしょうか。
長屋:社名の認知度が低いことです。ヤンマーと聞いても、若い子たちが知らないんですよ。そのせいで、就職活動でも選択肢に上がってこない。天気予報の「ヤン坊マー坊」は知っていても、ディーゼルエンジンを作っている会社というところまで知っている人は少ないのです。このままでは知る人ぞ知るブランドになってしまい、会社が成長できないと思いました。ブランディングを模索するなかで立ち上がったのが、アニメの企画なのです。
――企業を宣伝するには様々な方法がありますが、なぜアニメなのでしょうか。
長屋:当社が抱える悩みのほとんどをカバーできるからです。20世紀は夢の高度成長の時代でしたが、成熟した現在の日本では製造業は右肩下がりで元気がありません。そんななかで、伸びているのがアニメ産業なのです。現在進行形で日本のアニメは成長していて、今後、大きな市場になると予想されます。世界的な日本ブームが起きているなかでもアニメは牽引力があるので、これに乗っからない手はないと思いました。
■アニメがもつ潜在的可能性
――アニメや漫画などのコンテンツ市場は、今や3兆円を超えるといわれています。
長屋:しかも、アニメは子供だけのものではなく、老若男女に人気があります。世界中で日本のアニメは人気で、インフラが十分に整っていない国でも知られているほどです。こんなに力があるコンテンツはほかにないんですよ。それに、アニメのキャラは不祥事を起こさないので、安全なのです(笑)。
――盲点でしたが、おっしゃるとおりですね。さらに、アニメキャラはキャラクターグッズ化をはじめ、様々な活用方法があります。
長屋:事業面でも大きな可能性があります。ヒットさせればコンテンツ自体が資産を生んでいきます。もちろん、当社は一過性にするのではなく、地道にコンテンツを育てていきたいと考えています。
――アニメを製作することで、ヤンマーさんのブランディングにはどのようなメリットがあるのでしょうか。
長屋:当社は、お客さんに選んでもらえるブランドになりたいと考えています。そのためには、これまでのように企業から一方的に押し付ける手法ではいけません。お客さんから信頼、共感、共鳴を勝ち取ることが重要です。そのためにはメーカーだけが儲けるのではなく、社会にどう貢献できるかが大事なのです。アニメなら、そういったテーマを遡及しやすいのです。
■日本全体を勇気づけることがしたい
――企業活動を通じて、いかに社会の役に立つか。若い人たちほど敏感なテーマです。
長屋:ヤンマーは“A SUSTAINABLE FUTURE”、テクノロジーで新しい豊かさを生み出すことを企業理念に掲げてきました。そもそもディーゼルエンジンを開発したきっかけは、重労働から人々を救いたいという思いが基盤にあったためです。世界初の小型化や実用化を成し遂げてきたのも、そうした企業精神の賜物といえましょう。そんなヤンマーの根底に流れる思いを、アニメで表現したいのです。
――素晴らしい試みですね。
長屋:世の中が混沌としていて、閉塞感、不安感、焦燥感が蔓延しています。そんな社会は自分の思い通りにならないと思っている人は多いかもしれませんが、実は、社会や時代は人間が作っているものなので、変えることができる。『未ル わたしのみらい』のタイトルにも、そんなメッセージが込められています。そして、世の中が元気になればいいなという、ヤンマーの理念そのものです。そういったメッセージ性を持ったアニメを製作する意義は大きいと思いますし、それ自体が社会的価値を生むと信じています。
――タイトルはまさに、ヤンマーさんの思いそのものなのですね。
長屋:そして、ジャパンブランドを盛り上げることに繋がればと思います。製造業を元気づけることで、日本全体が元気になればいいですね。そして、最後にヤンマーのブランドを認知してもらい、すごいことをやっているなと共感してもらえたら成功だと思います。
――ところで、先ほどの話にも出ましたが、ヤンマーは「ヤン坊マー坊」の天気予報でアニメを積極的に使ってきた経緯があります。最近、デザインがリニューアルされて話題になりましたね。
長屋:未来の可能性に一緒にチャレンジするキャラクターとして、より幅広い層と地域で認知を高める目的で、「ヤン坊マー坊」をリニューアルしました。トラクターといった製品のデザインもスマートになっていたので、調和を図る狙いがあったのですが、前の子たちを気に入っている方々からの抵抗もあるだろうと思いました。もちろん批判もありましたが、結果的にプラスに転じ、あの子たちも市民権を得たと思います。今ではヤンマーの商材の説明や、ブランドのメッセンジャーとしても活躍してもらっています。『未ル わたしのみらい』は「ヤン坊マー坊」をあまり意識せず、あくまでも別の事象としては製作しています。ただ、もしかすると作中で何らかのかかわりは見られるかもしれませんね。
■関わる人をみんな仲間にする
――アニメ製作を始めるにあたり、社内から反発はありませんでしたか。
長屋:社内でも様々な意見が出たので、何度も何度も丁寧に説明しました。私は今回のプロジェクトで敵をつくるつもりはなく、みんなを仲間にして、社内外の共感とともに進める“インクルーシブブランディング”に取り組んでいます。社内の人たちも視聴者のみなさんも、一緒に価値を創造する仲間だと思っています。
――オリジナルストーリーで、原作がない新作アニメは最近では珍しいです。
長屋:最初は原作があるものを考えていましたが、難しいとわかったので、完全にオリジナルでオムニバス形式にしようと思ったのです。そして、むしろタブーを破りに行こう、意図して破ろうという思いになりました。アニメの歴史のなかでは何度もバタフライエフェクトが起こっていますが、僕らがその中にいると思っています。
――しかも、ヤンマーが全額出資しています。製作委員会形式にしなかったのは本当に驚きです。
長屋:アニメを作ることに社会的意義を持たせたい。受けるための商品を作るのではなく、作家性を持ちつつ、しかもメッセージを強いものにしたい。そういったアニメを作るためには、製作委員会方式は適切ではないと思ったのです。複数社が出資して、ヤンマーが発信したいメッセージ性が失われてしまうと、作る意味がありませんからね。もちろん、社内でも製作費をすべて出すと失敗したときのリスクが大きいのではないか、という意見もありましたよ。最終的には、ここまできたら突っ走れということになりました。
■アニメに参入する企業が増えてほしい
――完成したアニメを見て、どんな感想を抱きましたか。
長屋:クオリティが素晴らしいですね。感動しました。ヤンマーの姿勢に共感してくださった5社のスタジオに製作していただいたのが、大きかったと思います。植田さんがいろいろ采配で苦労されたと思いますが、スタジオもプライドをかけて頑張っていただいたと思っています。おかげで、スタジオの個性や作家性もはっきりと出ました。ちなみに、ロボットデザインは弊社のデザイン部が原型を作り、ブラッシュアップしてもらっています。ロボットの後ろのアタッチメントは、トラクターや建機といった産業機械のデザインが反映されています。
――ヤンマーさんのデザイナーも参加して、まさに関係者の総力を結集したアニメになったと思います。今後、ヤンマーさんのようにアニメ製作に参入する企業は増えてきそうでしょうか。
長屋:それは当社の成功次第でしょうね(笑)。もしうまくいけば、絶対に同じことをする企業が出てくるでしょうし、それは大歓迎です。業界に一石を投じようと思ってやっているので、アニメに参入する企業がどんどん増えてくれればありがたいです。