『映像研には手を出すな!』浅草氏のジェンダーレスな「個」の魅力 異色の“アニメ漫画”のキャラ設定に迫る

『映像研には手を出すな!』浅草氏のジェンダーレスな「個」の魅力 異色の“アニメ漫画”のキャラ設定に迫る

 今年1月からNHKでアニメがスタートし、それをきっかけに『映像研には手を出すな!』を知ったという方も多いだろう。しかしこの作品、アニメ化以前から漫画好きの間では知られた作品だった。作者である大童澄瞳は今作がデビュー作。新人漫画家の作品だというのに、1巻発売前から「面白い!」「これは読むべき!」との評判が漫画好きの間では声高に飛び交っていた。かくいう私の耳にも1巻発売直後にその評判が入り、いそいそとページを開いた時の衝撃を今も忘れてはいない。

斬新な手法で描かれた「映像研」の世界

 アニメを作ることを志す3人の高校生が、部活を作りアニメを作っていく。一言で説明すると簡単なストーリーだが、その見せ方は簡単なものではない。現実・妄想・そして彼らの作り出すアニメの世界が緻密に入り交じり、読者を「映像研」の世界へどっぷりとはまらせていく。アニメや映画の絵コンテのようなページ、文字を斜めにし登場人物たちが立体的にいるかのように感じられるページ、アニメの設定画のようなページと、漫画を読んでいるとは思えない斬新な手法が数々取り入れられている。

 描き方の斬新さに加え、我々をより「映像研」の世界に引き込ませる要因はキャラクターのアニメ作りに対する熱さだ。監督としてのこだわり、アニメーターとしてのこだわり、プロデューサーとしてのこだわり……。アニメ作りという目的の元、彼らは違ったこだわりを持って集っている。そのこだわりがぶつかり合い、混ざりあい、ひとつのアニメ作品として昇華されていく。その過程で見られる彼らのアニメに掛ける情熱が、この作品の何よりの魅力だ。

 彼らの作品は決して完璧ではない。彼らの考え方も決して完璧ではない。それがわかっていてもなお、ここまで我々を惹きつけるのは、彼らの中の「熱さ」を我々大人もかつては何かに対して抱いていた経験があるからではないだろうか。彼らの熱さへの共感と、かつては自分の中に確かに合った熱さへの回顧感と、今はもう得ることのできない熱さへの哀愁感と。読み返せば読み返すたび、違った感情を抱かせてくれる不思議な作品だ。

性的記号の排除された主人公・浅草氏

 ここからは本作の主人公・浅草みどりについてみていく。ここまで記事を読んでくれた方は、この物語の主人公が女性だとは気づいていただろうか? 一部ネットで話題になったこともあるが、本作の主人公はいわゆる漫画に登場するヒロインとしての「可愛さ」といったものはまったくない。大きな瞳、フリルのついたブラウス、ふくよかな胸、おしとやかな性格、華奢な身体などなど、女性を絵という「記号」として表す際に使われる手法が、一切浅草氏には使われていないのだ。

 迷彩柄のハット、ずんぐりむっくりとした体型、コミカルな顔と浅草氏を形作る記号を言葉として表してみると、ますます世間一般的な「ヒロイン」であるとは認識できないであろう。唯一、女性を感じさせるのは「スカート」であるが、それも「スカートは女性が履くものである」という、この記事の筆者であり、漫画を読んだ読者でもある私の固定概念から生み出されたジェンダーである。これから数年後・数十年後の未来、「スカート」が女性のみを表す記号ではなくなった頃には、浅草氏の性別は一見しただけではわからなくなってくるであろう。

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