『おしりたんてい』は“幼児でも楽しめるミステリー” 担当編集者が語る、大ヒットキャラの誕生秘話

『おしりたんてい』編集者インタビュー

 原作担当と作画担当の共同制作ユニット「トロル」による絵本と読みもののシリーズ『おしりたんてい』は累計700万部を突破。いま子どもたちがもっとも夢中になっている作品のひとつである。担当編集者であるポプラ社の髙林淳一氏に知られざる『おしりたんてい』創作秘話や、海外展開、スピンオフのマンガ化といった、最近の動きとこれからを訊いた。(飯田一史)

おしりたんていのフォルムは会う前にすでに完成していた

――『おしりたんてい』が2012年に絵本として刊行されるまでの経緯から教えてください。

髙林:『おしりたんてい』は最初、アプリのコンテンツとしてあって、それをご紹介いただいたんですね。実はそのとき『おしりたんてい』以外にもいくつかご紹介いただいたのですが、後輩の編集者と見ていくなかで「絵本化するならこれが一番可能性がある」と判断し、トロルさんのおふたりに「もし絵本化にご興味あれば打ち合わせしてみませんか」とお話したのがきっかけです。

――どこが引っかかりましたか?

髙林:絵本ではなかなかミステリーものがなかったことと、なによりおしりたんていのフォルムが魅力的でした。アプリの時点であの姿はもう完成していましたが、一目で子どもたちを引きつけるものがあった。トロルさんも「書籍化してみたい」という気持ちがありスタートしましたが、ただ書籍をオリジナルでつくったことはなかったのでそこからは苦労がありました。

――本にしていくにあたり、打ち合わせではトロルさんとどんなことを話しましたか?

髙林:「王道のミステリー要素のある絵本」にしたい、と。アプリでも事件が起きておしりたんていが犯人を追い詰めますが、どちらかというと推理よりも「おしりたんていをタップして必殺技をくり出してやっつける」というアクションのおもしろさだなと思っていたんです。でも絵本ではもっとしっかりミステリーの段取りを踏む構成にし、読者には読みながら考えてもらいたかったし、能動的に関わってもらいたかった。

 お話としてはおしりたんていが解いていくんですが、読者も「いっしょに解いた!」という達成感を味わえるように、最後の推理パートに至るまでの証拠の残し方などに気を付けました。絵本の1巻目は思い切ってアリバイトリックものにして、容疑者がどの時間にどこにいたかを読者が読み返して確認してもらう、という趣向になっています。

――絵本、読み物それぞれの読者層は?

髙林:絵本は3歳から5歳、読み物は小学校1年生くらいをそれぞれ想定して作っています。ただTVアニメが始まって以降は1、2歳でも読んでいるという声が増えました。読みものの方もフルカラーですから、3歳くらいでも「ちっちゃい絵本」だと思って読み聞かせしてもらっているというご家庭も多いようです。「お兄ちゃんが読み聞かせをして、兄弟でハマっている」といった感想をいただくこともあり、幅広い年齢で楽しんでもらえている印象です。性別的にも男女ともにファンをつかんでいる珍しい作品ですね。基本的に男の子はあまりファンレターを書かないし、書いても感想は「おもしろかった」くらいしか書いていないことが多いのですが、『おしりたんてい』に関しては「ここがおもしろかった」と具体的に書いてくれることが多いです。女の子からの手紙では「マルチーズしょちょうが好きです」「おしりたんていかっこいい」といった声、あとは「おしりたんていの妹を描いてみました」といった自分と作品世界を重ね合わせたような願望が描かれていることもあります。あと、どのファンレターにも、一生懸命描いたおしりたんていのイラストがあるのもとても嬉しいですね。 

「未就学児でも楽しめるミステリー」を目指して

――小さい子向けなのに探偵ものでいけると思った理由は?

髙林:本を読むときには「新しい話を知りたい」「結末を知りたい」といった知的好奇心がまずあって、それに対してあっと驚く情報をもらうという喜びがある。これが基本だと思いますが、ミステリーも同じ構造ですよね。日本人はとくに老若男女を問わずミステリー好きですし、絵本でやってみるのもいいのかな、と。シリーズ化を最初からめざしていたわけではないのですが、一冊目がアリバイトリックものでも意外と受け入れられ、それに勇気をもらって「もっとやってみよう」とシリーズ化していくことになりました。

――絵本も読みものも1巻目の謎がいちばん難しいですよね。

髙林:対象年齢的には難しいのですが、謎を全部解けるかどうかよりも、本をめくる楽しみ、何回も読むおもしろさを体験してほしかったんですね。そのために、どうめくらせるか、どうサプライズを用意するか、1ページ1ページの滞在時間を長くするにはどうしたらいいかという点をトロルさんと突き詰めていきました。絵本の1巻目のアリバイトリックは特に難しいかもしれませんがひとりひとり遡って行動を見ていけば確実にわかりますから、最初に読んだときにわからなくても時間をかけて理解してくれるかな、と。

 仮説を立てながら第2弾3弾ではもう少しわかりやすい展開をしてみたり、文字が読めない1歳や2歳の子でも年齢が関係なく楽しめるような「おしりをさがせ!」を増やしたりと工夫していきました。それは2015年から始まった読みものでも引き継がれています。

――発達心理学では「AさんはB君が次に何をしようとしているか知っている、ということをC氏が見抜いている」といった、複数人が絡む意図・思惑を理解しないと解けない「二次的信念課題」がクリアできるようになるのは9歳から10歳にかけてだと言われており、その年代以上にならないと、推理ものはなかなか理解できないとされています。実際、学校読書調査や朝読で人気の本を見ても、小学校低中学年より中高学年以上の方がミステリーの人気は高いですが、この点はどれくらい意識していましたか?

髙林:『おしりたんてい』では本を読んだときに読者が得られる達成感がひとつでもあればいい、と思っています。本に書かれているすべてのロジックを理解できなくても「迷路が解けた!」だけでもいい。わからなければ何回も読んでもらう、あるいは年齢が上がったらわかるでもかまわない。子どもの本は大きくなってあとから読み返すことも多く、読み返すと感想が違ったりしますよね。『おしりたんてい』でも「本当に謎をすべて解けていたか?」といった体験が作れたらな、と。ですからそこまで易しくは作っていません。

 小さい子が一度読んですべてがわかるかどうかよりも、読者にも読みながら何かしら事件解決に向けたアプローチに関わってもらい、最後は水戸黄門の印籠のようにおしりたんていが必殺技で犯人をやっつけるシーンで、めでたしめでたしというカタルシスがある、という流れを意識しました。

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