「青春ブタ野郎」や「禁書」など、長く愛されるシリーズが堅調 ラノベ週間ランキング考察
ランキングの中では、5位の白鳥士郎『りゅうおうのおしごと! 12』(GA文庫)に注目したい。出始めはラブコメ(ロリ風味)の体裁で読み手の関心を誘ったシリーズが、本格将棋小説としての姿を今まで以上に見せ始めた。
将棋のタイトルのひとつ、竜王を史上最年少で獲得した棋士の九頭竜八一と、女流棋士で八一にとっては年下ながらも姉弟子にあたる空銀子、そして、小学生の身で八一の部屋に押しかけ弟子入りし、女流棋士になってしまった雛鶴あいによる三角関係めいた展開が当初はあった。最新刊では色気めいたものがそぎ落とされ、銀子が挑んでいる奨励会三段リーグ戦と、八一が挑戦者に決まった帝王戦の戦いが平行して描かれていく。
この描写がどこまでもスリリング。奨励会三段リーグ戦とは、将棋のプロとして認められる四段になるための最後の関門で、年に2回、何十人もの参加者がリーグ戦形式で戦って、成績のよかった二人が四段に昇格してプロ棋士になる。藤井聡太七段が加藤一二三九段の持っていた記録を塗り替え、史上最年少で四段に上がった際にも話題に上った。この三段リーグ戦に参加した女性の棋士は過去にもいるが、抜けてプロになった人はまだいない。
テレビなどで名前を見かける女流棋士は、厳密な意味ではプロ棋士ではない。銀子も女流棋士としては別格の強さを持ちながら、三段リーグではいきなり連敗を喫した。それでもどうにか立て直して勝ち星を重ねていき、昇段の目を残しながらも負けたら終わりの状況で迎えたリーグ終盤。ここで昇格できなければプロになる道を閉ざされる苦労人の先輩棋士らを相手に、同情心など見せられず心臓の持病にも苦しみながら駒を動かす銀子の修羅といった戦いぶりに、将棋の世界で生きる過酷さが激しく感じられる。
一方で八一の方も、コンピュータ相手に敗れたことで自殺未遂を起こし、復帰してからはコンピュータのような手を指すようになった於鬼頭曜帝位に挑む。チェスや囲碁でもコンピュータがプロに勝利を重ね、将棋でもコンピュータの強さが目立ち始めた中、今も人間に優位性はあるのか? といった現代的なテーマを織り込みながら、それでも人間が持つ閃きの価値をとらえようとする。
小学生の雛鶴あいと八一との禁忌に触れそうないちゃいちゃ描写が足りないぞ! などと思う暇もなく、勝負の世界の厳しさに引き込まれ、もみくちゃにされる物語。そうした中にも、棋士としてのあいが持つ将棋への情熱と才能が、八一や銀子の対局に影響を及ぼしている描写がある。今はまだ幼いあいが、八一にも負けない天才を次第に発揮していく展開が、これから始まろうとしているのかもしれない。ライトノベルでありラブコメであり本格将棋小説という、かつてない作品が今まさに作り上げられている。読んでおかない手はない。
もうひとつ、「りゅうおうのおしごと!」シリーズが注目されそうな理由に、史上最年少棋士の誕生に続いて、女性のプロ棋士誕生を先取りしていた作品と言われそうなことがある。2019年10月から2020年3月まで実施の第66回奨励会三段リーグに、女流三冠の西山朋佳三段が名を連ね、2月16日までで12勝4敗の好成績を収めて3位につけている。谷合廣紀三段が13勝3敗で1位に立ち、2位は12勝4敗で西山三段と同星ながらもリーグ順位で上の服部慎一郎三段。3月7日開催の最終2局で西山三段が連勝し、服部三段が1敗すれば四段昇段が確定する。
ここで3位にとどまると昇段は逃すが、『りゅうおうのおしごと! 12』にも描かれているように、三段リーグ戦で次点を2回とればフリークラスで四段昇段という制度がある。それでも立派なプロ棋士だ。今回で決めるにしても、来期で昇段を目指すことになったとしても大いに話題に上りそう。史上最年少棋士誕生に続いて女性プロ棋士誕生を予言した小説として、「りゅうおうのおしごと!」が取り上げられる機会も増えるに違いない。
ランキング1位は、小説投稿サイト発で累計600万部を数えるシリーズの最新刊となる日向夏『薬屋のひとりごと9』(ヒーロー文庫)。予約でずっと上位に入り続けてきたが、2月28日の発売を前に数を伸ばして1位になった。小説投稿サイト発のヒットで先行する伏瀬のシリーズ最新作『転生したらスライムだった件16』(マイクロマガジン社)も、予約段階で4位に入ってきた。こちらは4月からテレビアニメの新シリーズがスタートする予定。新しい読者を呼び込んで売れ続けるだろう。
宝島社が刊行した『このライトノベルがすごい! 2020』で文庫部門のランキング1位となった宇野朴人のシリーズ最新刊『七つの魔剣が支配するV』が5位に入り人気を裏付けた。『このラノ! 2020』で5位だった二丸修一『幼なじみが絶対に負けないラブコメ3』も9位に入って、電撃ブランドが強さを見せた。
■タニグチリウイチ
愛知県生まれ、書評家・ライター。ライトノベルを中心に『SFマガジン』『ミステリマガジン』で書評を執筆、本の雑誌社『おすすめ文庫王国』でもライトノベルのベスト10を紹介。文庫解説では越谷オサム『いとみち』3部作をすべて担当。小学館の『漫画家本』シリーズに細野不二彦、一ノ関圭、小山ゆうらの作品評を執筆。2019年3月まで勤務していた新聞社ではアニメやゲームの記事を良く手がけ、退職後もアニメや映画の監督インタビュー、エンタメ系イベントのリポートなどを各所に執筆。