S・キューブリックとS・キングは“大の飛行機嫌い”だったーー『2001年宇宙の旅』と『シャイニング』の恐怖を考察

S・キューブリックとS・キングは“大の飛行機嫌い”だったーー『2001年宇宙の旅』と『シャイニング』の恐怖を考察

 さて、キューブリックとキング。映画化された『シャイニング』を巡ってキングがキューブリックを批判したのは有名な話だ。キングがもっとも気に食わなかったのは、映画の終わらせ方だ。キングは、雪山の古ホテルを最後炎上させる小説のラストが気に入っていた。雪山と火の対比を描きたかった。だがキューブリックは、その真逆の終わらせ方をした。キングは、キューブリックが死んで尚、まったく納得がいっていない。続編『ドクター・スリープ』の冒頭は、映画で『シャイニング』を知った人々を全否定するかのような書き始めである。ホテルが燃える場面をもう一度書いたのだ。ちなみに映画版の『ドクター・スリープ』では、かつてのホテルを幽霊ごと再現したことが話題を読んだが、実は原作ではまったく描かれないのだ。

 話を1980年の『シャイニング』に戻す。キューブリックがなぜ『シャイニング』を映画化したのか。キューブリックはこの当時、原作に使える小説を探し、部屋の中で片っ端からペーパーバッグを読んでいた。だが、冒頭を読んでは、気に食わずに壁に叩きつけていたという。ところが『シャイニング』だけは静かに最後まで読み終えたという。やっと映画にしたい作品に出会ったのだ。だが実際には、少し違ったようだ。映画会社の幹部が事前にゲラで『シャイニング』を手に入れており、それをキューブリックに読ませていた。映画化までのタイミングが早かったのは当然。キングの人気に目をつけていた映画会社が、まず映画化ありきで動いていた。

 キューブリックは、ホラーへの関心を持っていた。実のところ『2001年〜』もSFである以上にホラー映画だった。AIが人間を宇宙船という密室で殺戮する話。理由も描かれてはいるが、明確なロジックを持って襲ってくるというよりも、静かにAIが狂っていくところがホラーとしては重要だった。

 『2001年宇宙の旅』と『シャイニング』は、よく似ている。閉ざされた世界(宇宙、冬の雪山)で、権力者として振る舞うもの(AI、父親)が、静かに狂っていく。主人公たち(ボーマン船長、母子)は、密室(宇宙船、山荘)のなかでじわじわと追い詰められていく。どちらもプロットは、ホラーなのである。そう。キューブリックが『シャイニング』を撮ろうとすぐに決断したのは必然だった。彼にとって両者はよく似たプロットのお話だった。それに気づくと、キングが怒った理由もわかる。彼にとっては、両者は似た話ではなかった。『シャイニング』の父親が狂った理由は、原作と映画では少し違っていた。キングの原作では、父親はホテルの幽霊たちに精神を侵され、次第に狂っていく。だが、キューブリック版では、実は最初から狂っていたのだとのちに明かされる。

 さて、冒頭で飛行機は20世紀最大の発明品で、その事故は文明にとって特別なものになり得ると書いた。21世紀は、二機の航空機のタワービルへの衝突事故で幕を開ける。2001年のことだ。飛行機事故の新たなトラウマ。キングの『ドクター・スリープ』でも、テロ事件の傷が刻み込まれている。主人公のダン(かつてのダニーが中年になった)が出会うアブラという少女は、赤ん坊にしてこの事件を予見した”シャイニング(本作における霊感の呼び名)”の持ち主だった。国内を大移動するこの物語の移動のほぼすべてが自動車でのもの。キングの飛行機嫌いのトラウマは大きいようだ。

 一方、キューブリックが飛行機嫌いをインタビューで指摘されたときにこんなセリフを吐いている。「お望みなら、知恵者の臆病と呼びたまえ」(『キューブリック』イメージフォーラム刊)と開き直る。彼は、飛行機事故=テクノロジーが生んだ大量死の膨らむ想像力を自分で抑えられなかったのだろう。ちなみにキューブリックは、1999年没。2001年を知ることなく他界している。

 飛行機は、20世紀最大の発明品。同時に航空機の発達は、”テクノロジーが生み出す大量死”=航空機墜落事故をも生み出した。テクノロジーそのものへの畏怖は『2001年〜』のテーマでもあった。そして、ホラーは、こうした畏怖を、個人の目線に落とした分野といえるかもしれない。

 自分では何ひとつコントロールできない環境(キャビン内)でじわじわと最悪の事態が迫ってくる。具体的にイメージが脳内に次々立ち上がってくる。『シャイニング』の母子が追い詰められ味わった恐怖とも重なる。キューブリックやキングのような想像力が豊かな人間にとっては、飛行機に乗ることは、ホラーそのものなのだろう。

■速水 健朗(はやみず けんろう)
編集者・ライター。1973年石川県生まれ。主にメディアや年、消費文化などのテーマを扱う。近刊は『1995年』『フード左翼とフード右翼 食で分断される日本人』。その他主な著書に『ラーメンと愛国』『都市と消費とディズニーの夢』などがある。TBSラジオ「文化系トークラジオLife」のレギュラーを務めるなどさまざまなメディアで活躍中。

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