爪切男×姫乃たまが語る、忘れられない失恋とその尊さ 「出会う女性はみんな、自分にとってすごく特別な存在」
「願いが成就しちゃったら書けない」
姫乃:さっきの物事を多角的に見る思考も、自分で自分の機嫌を取れる技術も、爪さんが持っている能力って、本当に今の世の中で生きていくのに大切で、私も身につけていきたいのですが、できるようになった後も苦労することってありますか?
爪:『死にたい夜にかぎって』のヒロインで長年同棲生活を送ったアスカには「私があんまりあなたの役に立っていない気がする」ってよく言われました。僕って、どんなに辛い時も、自分で心のスイッチを入れ直して、一人でなんとかしてしまうので、それが彼女にとっては寂しいことだったのかもしれません。仕事で疲れてる時や、何か嫌なことがあった時、素直に甘えられる男だったら彼女も嬉しかったのかもなって。やっぱりお互いに甘え合うことをしないと、次第に心の距離が生まれてくるのかなって思います。
姫乃:うわあ、アスカさんの気持ちすごくわかります。でもそれだと共依存に陥りやすいし、うーん、でも共依存でも本人たちが幸せならいいのか別に。うーん、難しいですね。
爪:心の深い部分では僕もアスカに依存していたんですけれど、それがうまく伝わらなかったかな。お互いに不器用な関係性だったと思います。
姫乃:この作品ってその歪さも含めて、一見すると生きづらさが描かれているように感じるけれど、実はそうではなくて、その一歩先を表現している小説だと思います。生きづらさって去年とかよく耳にした言葉ですが、それは生きづらくなってきているというより、いろんな種類の生きづらさを主張できる時代になった証拠でもあると思うんですよ。もちろんまだまだ全てではないけど、様々な生きづらさがあるとみんながわかった現在を、どう生きるかがいま重要で、先の爪さんの考え方がひとつの解答になっていると思うんです。そういう意味でも非常に時代に沿った作品なので、ドラマ化してまたいろんな人たちに届くのが楽しみです。ちなみに、もし爪さんの恋愛が成就していたら、小説は書いていなかったですか?
爪:小説は書いてないですね。多分Webメディアの会社とかで、たまさんみたいな面白い人を取材したり、レビュー記事を書いたり、そういうことをしていたんじゃないかな。
姫乃:失恋が書くことの原動力になっていたんですね。
爪:めちゃくちゃなってますね。僕は自分の願いが成就しちゃったら書けないです。
姫乃:人にもよりますけど、たしかに文章って負の要素からのほうが生まれやすいかもしれません。好きなものについて書くこともあるけれど、好きなものはいつか失われるって感じているからこそ、書いておこうと思っている節があります。
爪:バンドとかもそうですよね。いつか解散してしまうと思っているから、その時に一生懸命応援したくなるというか。僕はTHE YELLOW MONKEYが大好きなんですが、再結成した時に心から嬉しかったんだけれど、一方であのヒリヒリするような緊張感と触れたら壊れそうな脆さが絶妙のバランスで成り立っていたイエモンを失ってしまったようにも感じてしまって。年を重ねるほどに、その瞬間の輝きこそが尊いのだから、今を一番に大切にしないとって思うようになってきました。
姫乃:私、『永遠なるものたち』というエッセイを書いていて、失われたものは永遠になるというテーマなんです。爪さんの恋とか、バンドとかに対する愛情も、失われてしまったものだからこそ、ずっと左のポケットに入れておけるのかなって。
爪:そうですね。だから失恋した相手のことはずっと好きだけれど、ヨリを戻したいとは思わないんです。もう一回、キスとかしたいとは思うんですけれど(笑)。
(構成・写真=松田広宣)
■書籍情報
『死にたい夜にかぎって』
爪切男 著
価格:¥715(税込)
出版社:扶桑社
発売日:2019年11月17日