『本好きの下剋上』が気づかせる、本が蓄積してきた人類の叡智とその魅力

『本好きの下剋上』が描く、紙の本の魅力

 最近、紙の本をよく買うようになった。

 電子書籍派のつもりだったのだが、どうもしっくりこなくなってきた。紙の本のほうが没入感がある。筆者は、映画は映画館で観たい派だが、映画館とDVDの鑑賞ほどに、紙と電子の読書は異なるかもしれないという気がしてきている。映画館と自宅のDVDでは、明確にスペックがことなるし、紙と電子にそこまでのスペック差はないのだけど、じゃあ、映画館とDVDの鑑賞体験の違いをスペックだけで説明しきれるかというと、できない気がしている。若干オカルトじみているが、精神的に全然違う。紙の本と電子書籍の違いに、筆者は、やや自嘲気味に書くが、そういうオカルト的な違いを感じているのかもしれない。

 そんな筆者の嗜好の変化は、もしかしたら影響を与えているかもしれない作品が、香月美夜の『本好きの下剋上 ~司書になるためには手段を選んでいられません~』だ。現代に生きる本好きの女性が死んでしまい、気がついたら本の少ない異世界で小さな女の子に転生していた、という物語で、本がないと生きていけないほどの本中毒の主人公が、本がないなら自分で作ってみせると奮闘する。本書は、そんな主人公の奮闘を通じて、本の魅力、そして本が人類史の中でどんな役割を担ってきたのかに思いを馳せる作品だ。

 主人公の本須麗乃(もとす うらの)が転生したマインは、貧しい家庭の次女。この世界では、本は貴族など一部の金持ちだけが所有するもの。識字率も高くないような世界で、現代の知識を持って転生したマインは、自身の読書体験から得た知識をフル動員して、本作りに着手する。はじめは粘土板や木簡、石版などの古代文明の記録媒体作りから入り、パピルス紙を作り、木からできる紙を作り、さらには印刷機まで作ってみせる。人類史の記録媒体の歴史と本の発展を早回しで見せていくような面白さがあり、それを可能にするのは、マインが持つ現代知識=本が蓄積してきた人類の叡智なのだ。

 本とはなんだろうか。物語を語り、過去の出来事を記録し、先人の試行錯誤をつなぎとめるのが本だ。その本が積み重ねてきたものがマインの持つ知識そのものであり、だからこそ、現代社会とはまるで異なる常識の異世界で、その積みかねてきた叡智が輝くのだ。先人の試行錯誤と知恵をストックしておくことがで、文明は飛躍的に発展していった。本とはその積み重ねの集積なのだ。

「心理学、宗教、歴史、地理、教育学、民俗学、数学、物理、地学、化学、生物学、芸術、体育、言語、物語・・・・・人類の知識がぎっちり詰め込まれた本を心の底から愛している」

 本書はこのような分から幕を開ける。マインの本作りのプロセスはまさに「ぎっちり詰め込まれた人類の知識」の実践なのだ。

 本書の構成は、週刊少年ジャンプ連載の漫画『Dr.STONE』と比べるのも面白いかもしれない。『Dr.STONE』は科学文明が崩壊した3000年後の地球で、科学の知識を有した主人公がゼロから文明を再興していく過程が描かれるが、科学と本、分野は異なるがどちらも人類が積み重ねてきた素晴らしい叡智を改めて輝かせる物語であり、豊かな現代文明がどのような努力で築き上げられてきたのかに対して想像させてくれる。

 しかし、知識があるから楽勝だ、とならないのが本書の優れた点で、マインが虚弱体質であるため、何をするにしても一人ではこなせず、多くの人を巻き込めないと夢を叶えられないのだ。マインが他者を巻き込んでいくための交渉過程もスリリングで大きな見所となっている。

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