石井恵梨子の「ライブを見る、読む、考える」 第16回:betcover!!
betcover!!のライブが面白い 20歳シンガーソングライター ヤナセジロウの才能の豊かさ
ライブで衝撃を受けたあとに音源を入手し、あれ、しょぼい、と思うことは多い。ことにライブハウスの若手ロックバンドはそうだ。まだ録音技術が乏しいこともあるし、現場だと過剰な熱気や表情、そのうえ自宅ではありえない大音量が加わって五感への刺激が加速する。単体の録音物を聴いて物足りなくなるのは、まぁ当然といえば当然かもしれない。
シンガーソングライターはその点、録音物こそが勝負どころである。静かな弾き語り、縦横無尽な打ち込み、バンド編成などスタイルに制限がないし、楽器やコーラスの重ね方も自由。思うがまま練りあげて完成としてから、いざライブのことを考えればいい。そうなると逆に、音源よりもシンプルにならざるを得ないというジレンマがあるのだろうけど。
betcover!!(ベットカバー)はシンガーソングライター、ヤナセジロウのプロジェクトとして始まった。友人の父からもらった古いMTRで中学から作曲を始め、18歳で発表したのが2年前の処女作『high school!! ep.』。エレキギターと打ち込みが自然に同居し、ソウルからガレージまでジャンルレス/タイムレスな楽曲群は、まさに何でも聴けて何でも吸収できる新世代を印象づけた。ただ、最終的にこれは何かといえば「歌もの」であり、宇宙の闇に溶けていく甘いメロディ、不安や不満をダークファンタジーに変換したような歌詞世界、そしてどこか眠たそうな歌唱がなんとも心地いい。フィッシュマンズ好きを公言しているのを見て納得した。あぁ、いわゆる浮遊系の宅録シンガーなのか、と。
印象が変わったのは今年夏に出た初のフルアルバム『中学生』だった。打ち込みの一曲を除けば全体がダブ色の強いバンドサウンドで統一され、随所にとんでもないエフェクトが被さってくる。さらに特筆すべきは重低音で、それはバンドのベース担当というより、USのポップチャートで聴けるシンセベースに近い動きを見せているのだ。ヤナセいわく「ちょうどレコーディングのときにビリー・アイリッシュの新譜が出て、めちゃ盛り上がって。トラップとダブを混ぜてフォークを足した感じのアルバムにしようと思ってた」。ジャンルレスの宅録少年からトラップ+ダブ+フォークの現在へ。何があったのか、まずはライブに向かった。11月21日、渋谷WWWでの『エノシマックスツアー』公演だ。
共演は同世代の盟友NITRODAY。ドラムの岩片ロクローは初期からbetcover!!をサポートしているし、デビュー当時のヤナセは「共感できるのはニトロデイくらい」と言い切っていた。10代の不満や鬱屈から曲が生まれるところも通じ合っていたのだと思うが、betcover!!が変わったように彼らも近作で大きく進化。デュエットのポップソングはもちろん、自分のためではなく人のために向かって歌う意識がはっきり感じられる新曲など、より大衆的に開かれたギターロックに生まれ変わっているのが印象的だった。
そしてbetcover!!。登場したヤナセにギョッとする。花柄のワンピース。気合を入れるため直前に購入したと後のMCで明かしていたが、ともあれ、可憐な少女風を装った青年がおもむろに〈ラララ~〉と歌い出し、直後にバンドがガーンと爆音を放出、さらに強い地声で〈ら・ら・らー!〉と怒鳴るような歌唱が続くのは、どう考えてもマトモなスタートじゃないだろう。なんだこれは、と思ったら、一曲目は昨年のEPから「平和の大使」なのだった。
音源で聴く「平和の大使」は柔らかなレゲエ風ポップスで、ヤナセは普通の歌声とオクターブ上のファルセットで心地よいハーモニーを作り出している。しかし現場は全然違う。ライブと作品はまったく別ものと考えているようで、さながらMONOやGodspeed You! Black Emperorにも肉薄する轟音が吹き荒れ、その中でヤナセは全力の声を張り上げる。ときに苛立つように叫び、ぶっ壊れたギターソロをぶちまける。ゾクゾクした。眠たそうな宅録少年なんかじゃない。かなりパンク寄りの突飛なフロントマンと、彼にぴたりと呼吸を合わせる鍛えられたバンドのメンバーがそこにいた。
「バンドのほうがやりたいですね、最初は気の合う人がいなかったから一人で始めた感じ」とヤナセは言う。初期は全部自分で作ることを是としていたが、ドラムのロクローを始めとする現メンバーには大きな信頼があるそうだ。面白かったのはライブ中盤に始まった「水泳教室」。淋しげなメロディに反して極太のベースがブイブイと暴れ、PAの仕掛ける音響効果に目が回るナンバーだが、途中でふと演奏が途切れるところが最高だった。音源ではアンニュイなアカペラ部分を、3人は大真面目な大声で唱和。なぜかヤナセは指パッチンをメンバーにも強制し、だんだんステージは間抜けな音読の時間みたいになっていく。客席もクスクス笑いから爆笑へ。苛立つように叫ぶときも、いきなり側道にズレてみせるときも、常に予測不可能なヤナセジロウ。「両極って感じがいいんです。めちゃくちゃふざけて、めちゃめちゃ真面目にやる」とは本人の弁だ。