Mrs. GREEN APPLE、藤井 風、XG……今求められるのは“自分を愛すること”を歌う曲? セルフラブの重要性

 この2020年代という時代を生きるうえで、生きづらさと無縁でいられる人は決して多くはないと思う。あらゆる人が何かしらの生きづらさや不安、葛藤を抱えているはずで、また円安や物価高にも顕著なように、日本全体のムードは、特にこの数年でさらにシリアスになっていると感じることが多い。この1、2年ほどでパンデミックに端を発する社会的な混乱は落ち着き始めてはいるものの、日本社会に満ちる緊迫感や閉塞感は依然として強く、将来に対する先行きも不透明。さらに、この数年で「多様な生き方や価値観を受け入れましょう」というメッセージが、(時にその本質を著しく欠いたまま)大きく広まりつつあるが、そうしたメッセージそのものが新たな抑圧や、世代間、コミュニティ間の分断/対立を生んでいる現状もある。何より、海の向こうでは、まさに今この瞬間も戦争や大量虐殺が現在進行形で起こっていて、そうした残酷な悲劇を思うだけでさらに胸が痛くなる。

 生きていくということは、時には自らに降りかかるさまざまな不条理に対して懸命に立ち向かうことが必要になるし、特に守るべき人やモノがある人はなおさらファイティングポーズを保ちながら日々を生きていかざるを得なくなる。ただ、そうした生き方を続けていると、否応もなく心身が消耗してしまい、それはきっと健全な生き方とは言えないだろう。誰しも、戦うべき時、踏ん張るべき時はある。しかし、いついかなる時も、そして、ありとあらゆる人にとって大切になるのがセルフラブ/セルフケア。つまり、まず何よりも自分自身を大切にする、愛するという精神だ。昨今、このテーマに対して意識的なアーティストが増えているように思う。

 J-POPシーンには、「夢を叶えるために頑張れ」、「目標を達成するまで諦めるな」というストレートなメッセージを投げかけてくる応援歌が数多く存在しているが、たとえばMrs. GREEN APPLEの「ケセラセラ」は、そういった曲とは似て非なるメッセージも内包している。

Mrs. GREEN APPLE「ケセラセラ」Official Music Video

 タイトルの「ケセラセラ」とは、“なるようになる”という意味を持つスペインの言葉であり、そこには“だから大丈夫”という楽観的なニュアンスと、“なるようにしかならない”という諦念のニュアンスが並列して存在している。人生においては、自分の努力や試行錯誤によって変えられることがある一方で、自分の力ではどうしても変えられないことも多い。その一例が、自分以外の他者の生き方や価値観であったりするのだが、その事実を受け入れることは決して悲観的なことではない。“なるようにしかならない”ことを受け入れたうえで、この世界を自分はどう生きていくのか。その問いに対して、一人ひとりのリスナーがそれぞれの答えを自分自身の手で導き出すための指針となるのが、この「ケセラセラ」だ。

〈ケセラセラ/今日も唱える/限界、上等。妬ましさも全部/不幸の矢が抜けない日でも All right All right/食いしばってる〉
 
〈ケセラセラ/今日も唱える/何のせい?誰のせい?/ 勝てなくたっていい/負けない強さを持ちたい そうさ All right All right/乗り切ってみせる〉

 「なるようになる」と言っても、ただ単に易きに流されることを是とする曲ではない。まずは、踏ん張る。食いしばる。勝てなくてもいいから、負けないでいる。他の誰かではなく、自分自身に負けない。そうした芯の強さを、決して手放さずに持ち続ける。

〈でもね、/今日はちょっとだけご褒美を/わかっているけれど/私を愛せるのは私だけ。/生まれ変わるなら?/「また私だね。」〉

 そして、そうしたタフな日々を過ごす自分のことを、自分自身が認めてあげる。ご褒美をあげる。そのプロセスを通して、今にも潰えそうな、もしくはいつかどこかに置き去りにしてしまった自尊心を取り戻す。その自尊心こそが、なるようにしかならない世界を生き抜く原動力になる。懸命に日々を生きようとするリスナーに優しく寄り添い、自分で自分自身の背中を押すきっかけを授けてくれるこの曲は、リリース以降、多くのリスナーにとってお守りのような役割を果たし続けているのではないかと想像する。何より、こうした形のメッセージを、決して押しつけがましくなく、ナチュラルな形でポップソングに昇華させるMrs. GREEN APPLEの手腕には、あらためて驚かされる。

 彼らのディスコグラフィを遡ると、自分自身を肯定する、奮い立たせるきっかけを授けてくれる曲は他にも多く存在していて、たとえば、ウタ(Ado)への提供曲を原曲キーのままでセルフカバーした「私は最強」は、もはや自己肯定の域をはるかに超えた、圧倒的な無敵感をリスナーに共有してくれる一曲だ。この時代を生きるありとあらゆる人にとって有効なものとして響き得る自己肯定のメッセージは、今後もMrs. GREEN APPLEの表現におけるひとつの軸であり続けていくのだと思う。

Mrs. GREEN APPLE – 私は最強【LIVE “ゼンジン未到とリライアンス〜復誦編〜”】

 続いて紹介したいのが、藤井 風の楽曲。〈で、一体何がほしいわけ/誰に勝ちたいわけ/なかなか気づけんよね/何もかも既に持ってるのにね〉と歌う「まつり」が象徴的なように、彼の楽曲には、外部の世界ではなく今一度自分自身を見つめ直すきっかけを与えてくれるものが多い。〈新しい日々は探さずとも常に ここに/色々見てきたけれどこの瞳は永遠に きらり〉と歌う「きらり」もその一例と言えるだろう。

藤井 風 - "きらり" Official Video

 アルバム『LOVE ALL SERVE ALL』についてのインタビューで、彼は今後の制作について、戦争や争いの絶えない現実の世界を踏まえながら次のように語っていた。

「自分ができる範囲でできることはするべきだと思うけど、まずは自分の内側とか、自分のすぐそばにあるものを一人ひとりが整えていくことが重要だと思ってて。まずは自分で自分を愛することができた上で、その愛を徐々に徐々に周りに広げていくことが大事だと思うし、そうやって小さなことから変えていくしかないなと思いますね」(『MUSICA』2022年5月号より)

 この話はまさにセルフラブ/セルフケアの精神に通じるものであり、そこから数カ月後の2022年10月にリリースされた楽曲が、「grace」である。

〈外の世界にずっと探してた/真実はいつもこの胸の中/待たせてごめん いつもありがと/会いにいくよ 一つになろう〉
 
〈あたしに会えて良かった/やっと自由になった/涙も輝き始めた/明日になればさよなら/ああ儚い世界だ/何があろうとも/全てあなたのgrace/何があろうとも/全てあたしのgrace〉

 さらに約1年後の2023年10月にリリースされたのが「花」では、〈探しにいくよ/内なる花を/my flower's here〉というメッセージが歌われている。世界が混迷を極め続け、各々が抱える生きづらさが今まで以上に切実なものになりつつあるこの時代において、何よりも大切なのは、まずは自分自身の内面を見つめ直すこと。いついかなる時もその原点に立ち返ろう、という藤井のメッセージは一貫していて、彼はそれを発信していくことにこそ、今この時代で活動するポップミュージシャンとしての役割や使命を見い出しているのかもしれない。

藤井 風 - 花 (Official Video)

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