大比良瑞希、愛を諦めずにたどり着いた新しいモード 彩り豊かな作家との共作から見えた“自分らしさ”

大比良瑞希、共作から見えた自分らしさ

 シンガーソングライター 大比良瑞希の、1年半ぶりとなる4thアルバム『HOWLING LOVE』は、彼女のキャリアに新しい風が吹いたことを感じさせる。2022年11月に配信された「TRUE ROMANCE」を起点とすれば約1年がかりの制作。そして2023年4月に配信された直枝政広(カーネーション)とのコラボ曲「Jam」以降は、butaji(「いとしさ」)、スカートの澤部渡(「1000 Lovesongs I Don't Like」)、CHICO CARLITO(「理想の沼」)と、来るべきアルバムに向けて新鮮なパートナーを迎えてのリリースが続いた。

 自分を音楽で表現し尽くすというモードを前作『Little Woman』(2022年)で突き詰めた彼女にとって、今作のモードは、自ら掲げた「愛」というテーマだけでなく、音楽と向かい合うことで自分にできることは何かという新たな問いかけでもあったと感じる。充実したトライアルを経てアルバムを作り出した彼女にじっくりと話を聞いた。(松永良平)

「澤部(渡)さんが“The 愛”みたいなテーマをどう書くのか興味があった」

──新作『HOWLING LOVE』は、大比良さん自身の作詞作曲と、信頼が置ける共作者と作った曲、初対面のアーティストの曲提供を受けてコラボで作り上げていった曲、その3パターンで構成されたバラエティのある作品です。

大比良瑞希(以下、大比良):前作が今まででいちばん内省的に向き合った部分がある作品だったので、次はもっと温かいものというか、「愛を探しに行くのをやめずにいよう」ということを書きたいなと思って出発した感じでした。アルバムでも目立つ4人のアーティストとのコラボ曲に関していえば、私がソングライターとしてリスペクトしている方々と一緒にやるというのが最初にありました。自分がこういう人たちとコラボしたら、どういう化学反応が起きるか見てみたいなという人たちだったんです。

──改めて、コラボしたそれぞれのミュージシャンに対してどんな印象を抱いていたのか教えてもらえますか。

大比良:直枝(政広)さんには、カーネーションの楽曲を通じて、シティポップ的でも洋楽的でもあり、かといって“おしゃれさ”の一言でまとめられない特別な洗練を感じていました。日本語としての歌詞の強さもある。それはスカートの澤部(渡)さんにも通じる部分でもあります。butajiさんには歌謡曲としての強さというか、ずっとすたれない強さを感じています。ラッパーのCHICO CARLITOくんは、その3人とは全然違うんですけど、私とは違ってポップスとしての絶対的な強さを持ち合わせている。結果的に、それぞれJ-POPなんだけどJ-POPのままで聴こえてこない曲にできたと思います。

──直枝さん、butajiくん、澤部くんとは、弾き語りツーマン企画『Love On A Two-Way Street』や、ドライブしながら会話するYouTube動画企画とも連動していました。それぞれ、ただ曲をもらって歌うという流れ作業ではなく、ちゃんと曲作りからコミットしていくキャッチボールのような作業でしたよね。

大比良:自分の歌詞じゃない曲を歌うにあたって、どういうふうにストーリーテラーになれるかを考えたし、こういう個性の強いプロの皆さんと対峙することで“自分らしさ”とは何なのかを改めて考えさせられましたね。それがすごく面白かったですし、自分を出すというより、いい音楽を作るために“曲と向き合う”という経験をしたのはよかったかもしれない。

【Love On A Two-Way Street】大比良瑞希 対談ドライブインタビュー #03 part1 GUEST:澤部渡(スカート) @skirtskirtskirt / 大比良瑞希

──完成したアルバムは、1曲ごとに作り手もプロダクションも変わるのに、全体の印象がそれほどバラバラになってない。むしろ通して聴くことで、大比良瑞希というシンガーの声の魅力もよくわかるし、いろんな音楽に混ざってどう自分を表現しているのかという問いかけが統一感を生み出しています。

大比良:最終的には自分の声で一本の作品にできたのかなと、客観的に聴いて私も思いました。雑誌の編集やコラージュみたいに、素材はあるんだけどそれをどう配置していくか、という部分が今までより強かったんだと思います。もちろん譲れない部分や違和感もあるんですけど、それを自分でチューニングしていくためにどこで粘るかを考えたりしました。半分は仲良くやるんだけど、もう半分は戦いでもあったかな。相手の方にとっても、私といるから引き出せるであろうものもあったでしょうし。

──例えば、澤部くんは自分の曲では〈ラヴソング〉というワードはあんまり使わないと思うんです。だけど、大比良さんとのコラボなら書けた。彼も大比良さんによって引き出しを開けられているんだと思うんです。

大比良:私が最初の打ち合わせで「愛をテーマにしたい」と言ったので、澤部さん、結構悩まされたと思うんです(笑)。澤部さんっていつも欠けてるところを書くのがうまいんですよ。そこに無いものを周りで補完していく表現を聴いて気持ちよくなる、そういう曲が多かったから、“The 愛”みたいなテーマをどう書くのか興味があったんです。そしたら自分にも刺さる歌詞が来たから、すごくびっくりしました。

──シンガーソングライターは自分で歌詞も曲も書くというのが従来の考え方ですけど、現代において、特に海外ではシンガーソングライターという括りのアーティストでも複数人でコライト(共同作業)することが普通になっている。それに近いやり方だなとも思いました。

大比良:それこそ澤部さんの「1000 Lovesongs I Don't Like」出だしのコーラス部分は、私がアイデアを出したんです。澤部さんも「あ、それいいですね」って取り入れてくれました。

大比良瑞希 - 1000 Lovesongs I Don’t Like(Official Music Video)

「『理想の沼』がポップスになったのはCHICOくんのおかげ」

──では、せっかくなので、その「1000 Lovesongs I Don't Like」から1曲ずつ紐解いていきましょう。

大比良:スカートと大阪でやったツーマン(7月20日、Live House Anima)で初披露したんですけど、そのときはタイトルはまだ仮でした。とりあえず「1000 Lovesongs I Don't Like」にしましょうか、くらいの感じ。でも、結局これになりました。いいですよね。私、長いタイトルが好きなんです(笑)。最初は、私が自分でギターを弾こうと思ってたんですけど、デモにあった澤部さんのカッティングを残したくなり、澤部さんのバンドにやってもらいました。自分のこだわりを押し通すよりも、そっちのほうが曲として成立すると思ったんです。

──いつもの澤部くんらしさと、〈ラヴソング〉への葛藤と、両方あっていい曲ですよね。これを1曲目に持ってきたのは、大比良さんのアイデア?

大比良:1曲目しかないなと思ってました。1001曲目にはもしかしたら自分の理想の〈ラヴソング〉が書けるかもしれないという希望と、グサグサくるところ、そのバランスがさすがなんです。テーマと自分を向かい合わせてくれる良さがアルバムの1曲目としていいなと思ったので。

大比良瑞希 - 理想の沼 (feat. CHICO CARLITO) (Official Music Video)

──2曲目「理想の沼」は、CHICO CARLITOとのコラボです。

大比良:コラボの作業としては、これがいちばんコライト感がありますね。まず私が歌詞のない状態で、メロディだけ弾き語ったデモを5〜6曲くらいCHICOくんに送ったんです。そのうち2曲くらいにいい返答があったんで、中村泰輔さんにトラックを作ってもらいました。中村さんは1曲につきテンポやコードも変えて3パターンくらいを用意してくれて、最終的に3人で集まって決めたトラックが「理想の沼」のベースになりました。

──リモートではなくその場での作業だったんですね。

大比良:そうです。その場でやれた良さが出た曲になりましたね。私がメロディを歌い直して、それに対してCHICOくんが「ここはこうしたら?」みたいな感じでラップを入れて。みんなでパズルした感じです。歌詞も一緒に考えたんですよ。CHICOくんはオルタナな方向に行きがちな私とは真逆で、すごくポップなんです。みんなが日常で使う言葉をリリックに持ち込むセンスもすごい。この曲がポップスになったのは彼のおかげです。

──3曲目の「I WANNA 罠?」はどうでしょうか。

大比良:これは作詞作曲ともに私です。作曲パートナーの(小川)翔さんにアルバム用の候補をいくつか提出したときに「これ良さそうだね」って言ってくれて、最初に作業が進みました。

──“罠”と“WANNA”で、“ワナワナ”とも聴き取れる。韻というか、面白いフレーズですよね。

大比良:歌詞に行き詰まっていた時期もあったんですけど、今回自分で書いた3曲は、どれもわりとするする書けたんです。毎回自分の歌詞を「すごくいい曲にしなきゃ」って思い過ぎてたんですよね。それがこの曲の場合は、ちょっとトロピカルな曲調も相まってパッと出てきた言葉を信じられたんです。〈罠 罠 I WANNA〉からフレーズが出てきて、あとは一気に書けました。サウンド的な韻も意識しつつ、“女子あるある”も詰め込めた。やりたかった曲ができた感じでした。

大比良瑞希 -『I WANNA 罠?』(LIVE@代官山UNIT)

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