Mrs. GREEN APPLEが讃える“一人ひとりの営み” 大航海のような10年間のストーリーが重なった『NOAH no HAKOBUNE』
初のアリーナツアー『ARENA TOUR / エデンの園』以来約3年半ぶり、みんなが待ちわびていたであろうMrs. GREEN APPLEのアリーナツアー『Mrs. GREEN APPLE ARENA TOUR 2023 “NOAH no HAKOBUNE”』。オープニングムービーにもあった通り、このツアーでは大森元貴(Vo/Gt)、若井滉斗(Gt)、藤澤涼架 (Key)が“主演”となり、時に大勢のキャストを従えながら、音楽を主軸としたエンターテインメントショーを繰り広げた。メンバーが以前から志向していた“バンドという枠組みに捉われない、Mrs. GREEN APPLEというエンターテインメントの拡張”が具現化された公演と言っていいだろう。この記事で言及するのは、7月9日のさいたまスーパーアリーナ公演。ツアー2日目の時点でライブの完成度は高く、さらなる大海へ繰り出していくバンドの姿をイメージできた。
ツアータイトルの通り、旧約聖書『創世記』に登場するノアの方舟物語をモチーフとしたライブ。舞台セットは方舟の甲板を思わせるもので、巨大LEDには曲ごとに表情を変える海原が映された。1曲目に披露されたのは「Viking」で、船の乗組員の格好をしたキャストが舞う演出は『エデンの園』からの繋がりを想像させるもの。LED内の海が大きく荒れるなか、稲妻のような照明が走ると、観客が腕にはめたライトバンドも連動して点滅。そんなオープニングに連なるのは歌詞に〈嵐〉という言葉が登場する「アウフヘーベン」で、藤澤が凄まじい勢いで連符を弾き倒すなか、ギター、ベース、ドラムも激しく鳴らされる。視覚だけではなく聴覚でも表現される大洪水。満場の観客を『NOAH no HAKOBUNE』の世界へ一気に引き込んだ。
このオープニングを筆頭にセットリストはコンセプチュアルで、それ自体が一編の物語のよう。ツアースタートの3日前にリリースされたアルバム『ANTENNA』から早速披露された新曲に関しても、初期曲に関しても納得の選曲・配置で、例えば「Hug」~「私」ではバンドの繊細な演奏を通じて凪と孤独のイメージ、寂しさが私たちの胸の内にも流れ込んできた。そんななか、多くの人に驚きと衝撃をもたらしたのがライブ中盤でのSiipの登場だ。詳細不明、神出鬼没のファントム(幻影)と言われるシンガーソングクリエイターだが、まさかミセスのワンマンに現れるとは誰も予想していなかっただろう。
神話の世界から現世に降り立ったSiipが披露したのは、〈全部シナリオ通り進んでる〉と歌う「scenario」。ここで“神”の視点が挿入されたことにより、バンドがステージに戻ってきてからの「HeLLo」も「ダンスホール」も「Folktale」も私たちには操作しようもない深遠なシナリオや、時代という名の円環を確かに感じた上での“今を生きていく”という宣言として響いた。
その上で、「夏ですからね! 一緒に歌うぞ!」(大森)と会場全体で歌った「青と夏」や、〈Hey!〉と声を上げながら飛び跳ねた「Magic」における盛り上がり、喜びとともに生命が躍動する感覚。さらに、心をさらけ出すような歌と演奏自体が、最期の瞬間まで人としての尊厳を手離してはならないというメッセ―ジを帯びていた「Soranji」の美しさたるや。そして、虹色の照明がステージを彩り、キャストが虹色のフラッグを振るという“契約の虹”を思わせる演出があった「ケセラセラ」によって本編は締め括られた。ライブのラストに歌われたのは、アンコールで演奏された「Feeling」の〈試されてる。/私はきっと/愛されてる。〉というフレーズ。
過去のインタビューで大森がバンドのことをよく船に喩えていたように、あるいは、活動休止期間中『ONE PIECE』を読んでおくようメンバーに薦めたというエピソードがある(※1)ように、怒涛の勢いで突き進んできたバンドと大海へ繰り出す船のイメージを結びつけるのは難くなく、全24曲によって紡がれた『NOAH no HAKOBUNE』の物語に、Mrs. GREEN APPLEというバンドの物語を重ね見ていた人も少なくなかっただろう。晴天の海をバックに演奏された「私は最強」(映画『ONE PIECE FILM RED』劇中歌)は、未知の航路を勇敢に切り開いてきた彼らのハイパーなエネルギーを感じさせる快演。ライブ終盤で若井が観客に「みんなで心を一つにして最高の空間を作り上げられたのが嬉しく、楽しかったです」と伝えていたように、バンドのパフォーマンスに歓声を上げたり、一緒に歌ったり、拳を突き上げたりしている観客もMrs. GREEN APPLEという船のクルーとなり、ステージを盛り上げる。ラスト1曲を残したタイミングでのMC、「めっちゃ嬉しいな。なんか、こう……(笑顔で前に出てきて)みんなどこから来たの?」と嬉しさを抑えきれずにいた藤澤も、この日の盛り上がりに手応えを感じていたことだろう。