Maika Loubtéが別れを経て辿り着いた“まにまに”の境地 光と影、アンビバレンスな心情を曝け出す創作の核心
東京在住のシンガーソングライター/プロデューサー/DJのMaika Loubtéが、今年の10月18日にミニアルバム『mani mani』をリリースする。2021年にリリースされた傑作『Lucid Dreaming』に続き、アルバムとしては実に2年ぶりだ。先行配信シングルとして、既に「Ice Age」、「Rainbow Light Eyes」、「Inner Child」がリリースされている。
別れや諦めにテーマ性があった『Lucid Dreaming』から一変し、『mani mani』ではエネルギッシュでポジティブな方向に邁進した。しかしそれは「対極」ではない。明るいニュアンスのアルバムではあるが、本作にも薄暗い部分はある。我々の日常に完璧な幸福などありえないように、光と影が淡いグラデーションを伴って共存している。
これまでの彼女の音楽がそうであったように、今作もまた“嘘のない”作品だ。特定のアーティストを長く追っていると、インタビューやライブMCで語られた言葉がクリエイティブに反映される場面に出くわすことがある。Maika Loubtéは自分の言葉に誠実な作家で、その頻度が極めて高い(と言うと本人にはプレッシャーだろうか)。
その意味で、このインタビューも半年~1年後に答えが明かされるような内容になっているかもしれない。そしてきっと、彼女の音楽や言葉はあなたを照らす光になるはずだ。(Yuki Kawasaki)
出産体験を経て生まれた「Rainbow Light Eyes」
ーー10月にリリースされるミニアルバム『mani mani』は、前作『Lucid Dreaming』と比較すると明るい印象を受けます。
Maika Loubté(以下、Maika):やっぱり出産の影響は大きかったですね。妊娠から始まって、人をひとり胎内から押し出すわけですから、その時点でプラスのモードにはなるっていうか。
ーー「Rainbow Light Eyes」では直接的に子供について歌われていますよね。
Maika:そうですね。私、実は出産のときに結構長く入院したんですよ。途中でちょっと問題が起きて、いったん隔離処置をされまして。一時は「一歩も動くな!」みたいな状況だったんです。そういった状況の中、毎日どこかからおぎゃーおぎゃー泣いてる声が聞こえるんですよ。自分が厳しい状態にあったので、なおさらそこで赤ちゃんを生むお母さんたちが“試練を乗り越えし者”みたいに見えたんです。で、ゆりかごの中で眠る、ひと目見ただけでは男とも女とも判別できない彼ら/彼女らを見て、「この子たちはこれからめっちゃ自由じゃん」と感じたんですね。それで「Rainbow Light Eyes」っていうタイトルにしたんですけど、そういう体験ができたことは間違いなく自分の糧になりました。
ーーこの曲のMVの舞台が川であることも様々な解釈ができるような気がします。この前に発表された「Ice Age」が氷河期で、「Rainbow Light Eyes」では解けた氷が川に変貌するという物語にも捉えられます。加えて、循環する水は羊水のメタファーとしても通用するのかなと。
Maika:一番強い繋がりがあるのが、前作『Lucid Dreaming』ですね。そのアルバムには「Nagaretari」という曲が収録されているんですけども、宮沢賢治の短編作品から引用したタイトルなんです。一昨年ぐらいに読んでショッキングな影響を受けた詩なんですけど、ちょっと怖い内容で。大きな川の水がどうどう流れてきて、たくさんの人が同じ方向に流されてしまうんです。そこでもがき苦しむ人もいれば、往生際悪く人を蹴落として自分だけ助かろうとする人もいる。そして流されて屍になって、それらの間を流れるうちに水が光ったり軽くなったりする。「ながれたり」はそういう様子を描いた詩なんです。みんな大きな流れの中にいるからあがいてもしょうがないし、その中で生まれてくる命もあれば、そうではない命もある。どちらが良い悪いの話でもなくて、それを受け入れることに意味があるっていうか。『Lucid Dreaming』は諦めや別れにテーマ性があったんですけど、「Rainbow Light Eyes」はその川から流れてきた桃太郎みたいな存在ですね。いずれ桃太郎も成長して自分のもとを去っていくわけですけど、今回はそれをポジティブに捉えられたんです。私の作品の場合、そのときの自分の状況や体験が曲になるので、どうしても記録的な側面がありますね。
ーーマイカさんがインタビューやMCで仰ることって、本当にその1年後ぐらいに音楽として実現されますよね。今回は「Ice Age」でそれが起きました。トレイシー・チャップマンの「All That You Have Is Your Soul」からの影響については、『Lucid Dreaming』がリリースされたときに伺っていましたから。マイカさんの作品が記録的であるというのは、まさしくその通りだと思います。
Maika:なんでトレイシー・チャップマンのフレーズを「Ice Age」で使ったのか、言葉で説明するのはなかなか難しいんですけどね。この曲は祈りがベースにあったんです。子供が無事に生まれてくれなきゃ困るっていう切実な思いを持って、妊娠期に作っていた曲でして。サイヤ人みたいな状態で出てきてほしいって、本気で思ってました。この曲を出産明けに先行シングルとしてリリースした頃、「妊娠と出産を経て、大人しめのテイストで来るかと思いきやこれかぁ」みたいな反応があって(笑)。「Ice Age」に限らず、次は激しめの曲にしようとかそういう意図はなく、自分の音楽はそのときのバイオリズムに従った結果できるものなんですよね。
ーー『Lucid Dreaming』から「Ice Age」の流れも湧き出てくるものに身を任せた結果だったと。
Maika:自分にとっての氷河期は『Lucid Dreaming』を作っている頃だったんです。まさに「別れ」があって、コロナ禍も重なってましたし。とは言え、2022年になって、新しく始まる何かがあれば、新たに生まれてくる命もある。それで、私も何か「突破する」必要性を感じたんですよね。だからアートワークも、そういう意図から“めちゃ強い胎児”みたいなイメージで作ったんです。で、生まれてきた我が子を見たらそっくりだったっていう(笑)。くるくるの天パーで、ひとえ瞼で、あいつと一緒じゃんって。まぁ、スピリチュアルなお話ではあるんですけど、理屈で説明できないところにも面白さがあると思うんです。そういった偶然性は“まにまに”っていうタイトルにも繋がりますし。自分の意志に関係のない、成り行きみたいなものを賛美しようっていう。