坂本龍一が映画『怪物』にもたらしたもの 登場人物の心境、希望を示唆する音楽の効果
映画『怪物』が、6月2日より全国公開されている。『誰も知らない』『万引き家族』の是枝裕和と、『花束みたいな恋をした』や数多くのテレビドラマを手がける脚本家・坂元裕二が初タッグを組んだ本作は、『第76回カンヌ国際映画祭』で日本映画では初となる「クィア・パルム賞」を、坂元は脚本賞を受賞し、大きな話題を集めている。
大きな湖のある郊外の町を舞台とした物語は、子ども同士の喧嘩が大人たちを巻き込むトラブルへと発展。親と教師、子どもといった異なる視点が交差するなかで、徐々に真実が明らかとなっていく。『万引き家族』に続いて2度目の是枝作品への出演となる安藤サクラのほか、永山瑛太、田中裕子ら実力派俳優陣と、オーディションを勝ち抜いた黒川想矢、柊木陽太という二人の天才的子役による自然体な演技は、見る者すべてを巧みに引き込み、鮮やかに騙す。「怪物、だーれだ」を合言葉にはじまる犯人探しの末、“怪物"の正体へ近づいてゆくーー。
音楽は、今年3月に永眠した坂本龍一が担当。現段階では、坂本にとってこの『怪物』が最後に手がけた映画音楽となる。撮影場所である長野県・諏訪湖の風景を見て坂本のピアノの音色を浮かべたという是枝は、仮編集中の映像に坂本の既成曲を仮当てした映像を作成し、オファーの旨を書いた手紙とともに坂本へ送った。これに対し、坂本は同じく手紙で「体力的に全曲の書き下ろしはできないので、何曲かイメージしているものを形にしますから聞いてください」と返答した(※1)。
そうして出来上がった書き下ろし2曲とあわせて、是枝は坂本の過去作から5曲を選曲。ソロキャリアにおける代表的作品『BTTB』より「Aqua」、自然と共生する音楽の礎を築いた 『out of noise』より「hwit」「hibari」、そして坂本の最後のアルバムとなった『12』より「20220207」「20220302」が劇中で使用されることとなった。
諏訪の空気感や人々の生活風景に、坂本の柔らかく響くピアノは見事になじんだ。なかでも闘病生活のなかで綴られた日記的作品『12』からの2曲は、日常が少しずつ変化していくさまや、不安や焦燥、怒り、愛情などが入り混じった登場人物たちの心境といった、視覚だけでは語りきれない複雑な様子を音にのせて我々へ届ける。
物語が進むにつれ、我々がいかに先入観に支配されているかを思い知らされるとともに、同じ時間軸上で異なる“生”が存在し、三者三様の日々の営みがあることを思い出す。多重録音されたヴィオラのハーモニーが美しい「hwit」は、登場人物たちに異なる“生”と生活があり、並行しているからこそ見えない、知らない真実があるということを表しているようだった。