坂本龍一が到達した新境地 ピアノから溢れ出る感情に世界中が触れたソロコンサート配信
2022年12月11日、坂本龍一 のピアノソロコンサートが世界に向けて配信された。
およそ2年ぶりとなる今回の配信ライブは、坂本が「日本でいちばんいいスタジオ」と評するNHK放送センターの509スタジオで1日に数曲ずつ収録したものを1本のコンサートに仕立てたものだという。
そんな本公演は、「Little Buddha」の楽曲をもとにした即興演奏からスタート。下を向きながら、丁寧に鍵盤と向き合っていく。その演奏もさることながら、映像の美しさにも序盤から圧倒された。全編モノクロで撮影された映像は、グランドピアノの高級感のある艶や坂本の手元に刻まれた皺、肌の質感や白髪のグラデーションなどを美しく切り取っており、年齢を重ねた坂本のそのままの姿を一番魅力的なかたちで写し取っているようであった。また、そのカメラワークも、表情を切り取ったカットや手元のアップなど、角度を変えながらその姿を至近距離で映したものも多い。坂本の思いに触れることができるのではないかというほどの近距離からの映像で、その表情の変化や、1音1音の音色に向き合うように鍵盤を押す丁寧な演奏を目の当たりにすることができた。
また、坂本がスタジオでじっくりと響かせた音色は、空間を震わせる音の余韻やペダルを踏みかえる音、坂本の息遣いや衣擦れが聞こえるほどこまやかに録音されていた。映像で目の当たりにする繊細な指の動きによって発された音が、繊細に空気を震わせるのが画面越しにも体感することができる。そんな臨場感のあるコンサートが繰り広げられていた。
可憐な音色が優しく、豊かな鳴りと静謐な雰囲気に息をのんだ「ThemeLack of Love」、音の重なりや共鳴を聞かせるような「Solitude」が続くと、鍵盤から手を放し、そっと手を叩くようなしぐさをきっかけにカットが変わり、「Aubade 2020」へ。このような曲のつなぎ方からは、別日に録っているゆえのユーモアが垣間見える。豊富なアイデアと演奏、収録のそれぞれの技術力で、シンプルながら圧倒的な映像を作り出していた。コンサート終了後には「今回は初めてソロで弾く曲もずいぶんあって。ソロ用のアレンジを慎重に考えました。自分としては、ここにきて新境地かなという気持ちもあります」との言葉もあったが、71歳を目前に、演奏や映像含め、新境地のものを見せる坂本とチームの創造力には圧巻である。
「Aubade 2020」をせせらぎのような滑らかさで低音まで柔らかく響かせた坂本は、「Ichimei - Small Happiness」でも美しく空間を揺らす。そっと眼鏡の位置を直し、「Aqua」へ。シンプルで美しいメロディが、包み込むような深い慈愛を感じさせる。それでいて悲しみをも感じさせるような感情豊かな音色が静かに鳴らされ、じっくりと心に染み入るような感覚があった。