HYBE所属アーティストのダイナミックプライシング導入が物議を醸した背景 “ファンビジネス”ならではのジレンマ

HYBEがダイナミックプライシング導入へ

 2023年5月にBTSらが所属するHYBEの株主向けカンファレンスコールが行われた。第1四半期の業績と共に今後の展望が発表され、その中で語られたあるシステムが、HYBE所属アーティストのファンダムの間で物議を醸している。そのシステムとは、アメリカを中心に広がった「ダイナミックプライシング」だ。

 「ダイナミックプライシング」は、定額ではなく需要に応じて料金を上下するシステムで、日本国内ではホテル料金やスポーツ観戦、テーマパークの入場料などで導入されている。アメリカのチケット販売業者であるTicketmasterやAXSでは、人気アーティストのコンサートなどの興行チケットにも導入し始めている。

 この背景には、根本的なアメリカの興行システムの特殊性がある。Ticketmasterなど多くのアメリカのチケット業者は、購入者によるリセール(再販売)を許可している。日本ではチケット販売業者を通じた再販売は基本的には定価での取引のみが許可されているが、アメリカの多くの業者の場合、出品者が価格を自由に設定できる。プロモーターやアーティスト側がリセールを禁止することもできるが、行けなくなった場合など購入者に不便が出るために、ほとんどの場合はリセールを許可せざるを得ない。そして、多くのアメリカのライブではチケット購入は抽選制ではなく、基本的には先着制だ。K-POPアーティストなど「メンバーシップシステム(公式ファンクラブ)」がある場合、「先行抽選」ではなく「先に販売サイトにアクセスする権利」が得られるだけで、中にはそのアクセス権自体が抽選制のこともある。アクセスした後は良席が取れるかどうかは自分の頑張り次第で、完売してしまった場合はリセールのチケットを購入できる。

 この「先着順+再販可能」システムによって、当然人気公演では転売(再販)チケットの価格高騰が起こる。例えば、定額チケット制でロサンゼルスのSoFiスタジアムにて開催されたBTSの『BTS PERMISSION TO DANCE ON STAGE - LA』の場合、1Fアリーナ席は$500(約6万円)・2F席$200〜300(約3〜4万円)・5階席$60(約7000円)という価格設定だったが、最高時のリセール価格は5万〜60万円と約10倍になっていた。最も高価格帯の座席では165万円程度まで上昇したこともあったという(※1)。日本ではいくらお金を積んでも正当な手段で良い席は買えないが、アメリカではお金があれば良い席が買えるシステムになっているということだ。

 こうした「転売(再販)による価格高騰」に関しては、過去にアーティスト自身からも苦言が呈されてきた。いくら高価格になったとしても、定額との差額マージンはアーティスト側に一切入らない上に、いわゆる“プロ転売ヤー”が狙って大量購入した結果、本来のファンがチケットを購入できないという事態も発生するだろう。エド・シーランやArctic Monkeysなど、極度の高価格転売が発生した時期にあえて定額リセール業者と契約したり、高価格リセールチケットを弾く対策をとったアーティストも存在する。エド・シーランの2018年のツアーでは1万枚以上の高価格リセールチケットが弾かれたケースもあったという(※2)。K-POPのケースでは、Stray Kidsのアメリカ公演で一旦チケットは完売したものの、価格設定が高騰したために転売チケットが売り切れず、「完売公演」のはずが実際は空席があったということもある。

 これらの「リセールシステム」の問題を解決するひとつの方法として、Ticketmasterには元々Official Platinum Seatsというシステムがあった。これは、リセールで価格が高騰しがちなステージ近くの一部の座席のみに採用されるもので、アーティストやイベント主催者が指定した「プラチナシート」のみ需要によって値段が決まる。このシステムを一部ではなく全ての座席に採用したのが「ダイナミックプライシング」と言えるだろう。テイラー・スウィフトやハリー・スタイルズなどの人気アーティストも一部の国の公演チケットでダイナミックプライシングを採用している。

 同システムのメリットは、需要のピークに価格設定を吊り上げ、需要が低下した時に値下げすることで、理論上では利益を最大化できることとされている。今までは“転売ヤー”の懐に入っていた転売差額に相当する金額が、そのままアーティスト側に入ることになるからだ。

 ダイナミックプライシングは、K-POPアーティストではすでにBLACKPINKのイギリス公演や、BLACKPINKとNCT DREAMのアメリカ公演の一部座席などで採用されている。しかし今までにあまり話題にならなかったのは、双方とも価格がそれほど高騰しなかったからだと思われる。ダイナミックプライシングの特性上、熱心なファンがアクセスするチケット販売当日は一部シートの価格が急騰するが、完売しなければコンサートの日が近づくにつれて残った席の価格は下がっていくことも多いため、結果的に買う側の感覚的にリセールとあまり変わりがなかったのかもしれない。HYBEの所属アーティストでも、現在アメリカツアー中のTOMORROW X TOGETHERとBTS・SUGAのソロ名義、Agust Dですでにカンファレンスの前から採用されている。

 デメリットとしては、当然のことながら人気公演では価格が高騰すること、価格が流動的なため「チケットをカートに入れて決済する間に値段が変わっていた」「隣同士の席でもタイミングによって値段が倍違う」というようなことが起きやすい点だろう。

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