花譜、『狂想』でカンザキイオリと咲かせた満開の花 東京ゲゲゲイ MIKEYとの『組曲』シリーズ最新作に感じる未来

花譜、カンザキイオリとの集大成

 バーチャル音楽シーン屈指の歌姫として知られ、最近ではMAISONdes「トウキョウ・シャンディ・ランデヴ feat. 花譜, ツミキ」のヒットも記憶に新しいKAMITSUBAKI STUDIOのバーチャルシンガー・花譜。彼女の活動が今、新章に突入しようとしている。

 昨年8月に日本武道館で開催された3rd ONE-MAN LIVE『不可解参(狂)』」で披露した「マイディア」以降自身が作詞作曲を担当するバーチャルシンガーソングライターとしての活動もはじめるなど、これまでも様々な形で表現の幅を広げてきた彼女だが、今年は3月8日に自身3枚目のオリジナルアルバム『狂想』をリリース。この作品は、デビューから一貫してほぼすべての楽曲を手掛けてきたカンザキイオリの所属事務所卒業を受けて、一旦は彼が花譜の音楽にかかわる最後の作品となる。この発表は日本武道館公演を再構築した配信ライブ3rd ONE-MAN LIVE『不可解参(想)』中にカンザキイオリが登場する形で行われ、2人だけでカンザキの楽曲「命に嫌われている。」などを披露したことも記憶に新しい。

 デビューから一貫して彼女の楽曲を手掛けてきた盟友の旅立ちを見送ることは、自身にとっても非常に大きな出来事だったに違いない。けれども、今回のアルバムを聴けば、花譜というシンガーが、これまでの活動の中で大きな進化を遂げてきたことが伝わるはずだ。

 もともと花譜の楽曲は、カンザキイオリが書く心を深くえぐるような歌詞&メロディと、それを表現する花譜自身の唯一無二の歌声の兼ね合いが軸になっており、2019年のデビューアルバム『観測』は、ギター~ピアノロック的なアプローチでその最もコアな部分をパッケージした作品になっていた。続く2020年の2ndアルバム『魔法』では、そこにダンスミュージックやファンク、ビッグバンドの要素などが加わりリズムが多様化。スケール感のある楽曲も増え、アレンジ面でよりカラフルに音楽性を広げていく様子が印象的だった。

花譜 # 119「人を気取る」【オリジナルMV】

 そして今回の3rdアルバム『狂想』では、カンザキイオリとの共同制作の集大成として、これまで以上に広がった音楽性や歌の表現力が楽しめる作品になっている。「海に化ける」「人を気取る」といった楽曲(「過去を喰らう」三部作)のように前作からの正統的な進化を感じる楽曲がある一方で、多くの曲ではロックやクラブミュージック、ファンクなどの要素にエレクトロニカ的な音響美やノイズ、環境音、新たな音楽ジャンルなどがブレンドされていて、より複雑になったアレンジが楽曲への没入感を高めてくれる。その結果、現在の花譜ならではの歌の表現力が、ダイナミックに耳に飛び込んでくるような印象だ。

 たとえば、4曲目「春に発つ」は、イントロ部分からガラスが割れるような音を筆頭に様々な音が加えられた楽曲で、ソウルやモダンR&Bを連想するアレンジが加えられている。一見花譜らしいピアノバラードでありながら、アレンジ面で新たな工夫が感じられる楽曲だ。

 また、5曲目の「未観測」は、ピアノを加えたロック曲でありつつも、後半に向けて盛り上がっていく壮大な楽曲構成と、どこか温かさが感じられる歌声が今の花譜の魅力を伝えてくれるように感じられる楽曲。11曲目「青春の温度」も、音階を細かく行き来するピアノリフや細かいハイハットを生かしたダンサブルなギターロックでありつつも、後半に向けてどんどんスケール感が増していく楽曲で、「花譜らしい」と感じる要素はそのままに、アレンジ面や歌唱面でより様々なアイデアや実験が詰め込まれているように思える。

 そして、13曲目の「狂感覚」は、そうした変化をすべて詰め込んだ集大成とも言えそうな楽曲だ。「不可解」「未観測」とともに「『不可解』三部作」のひとつとなるこの曲では、冒頭、エレクトロニカ的な音響美や柔らかいピアノの音色、逆回転をかけたようなノイズなどが渾然一体となる中、花譜がつぶやくように歌いはじめると、徐々にドラムやベース、ギターが加わり、楽曲の後半に向けてバンドサウンドがぐんぐん盛り上がっていく。最後にはリミッターを外して感情を全開にするかのような花譜の歌声が広がり、気づけば曲のはじまりとはまったく違う場所に連れて来られてしまったような、不思議な余韻が広がっていく。1曲の中に様々な要素を閉じ込めた、まさに今の花譜だからこそ映える楽曲と言えそうだ。

 続く14曲目「邂逅」でも、花譜が〈世界平和なんて嘘だ/みんなひとりぼっちだ〉というフレーズで文字通り絶唱と言いたくなるほとんど叫びのような歌声を披露している。これもまた、シンガーとして様々な経験を積んだ今だからこそのものなのだろう。一方で、〈君と同じ歩幅で離れあって近づいて 最後にはどっかで出会えたらいいな〉という歌詞からは、カンザキから花譜への手向けであり、これから先の再会を願うエモーショナルな想いも感じることができる。全編を通して、花譜が辿ってきたこれまでの歩みの一旦の集大成のような雰囲気で、花のつぼみが遂に満開の花を咲かせたかのような、ひとつの節目を締めくくるに相応しい作品になっている。

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