ナナホシ管弦楽団、兎田ぺこらや猫又おかゆらへの楽曲提供での発見 「VTuber界隈は寿司屋でパスタを出すことが成立する」
星街すいせいやMori Calliopeを筆頭に、音楽シーンでも活躍するVTuberが登場しているホロライブプロダクション。“歌ってみた”のようなカバー動画はもちろん、オリジナル曲をリリースするメンバーも増える中、それぞれのキャラクターに寄り添った楽曲を提供するクリエイターの存在にも注目が集まっている。
今回リアルサウンドでは、兎田ぺこら、夜空メル、猫又おかゆといったホロライブ所属メンバーに楽曲を提供している、ボカロP/音楽作家 ナナホシ管弦楽団にインタビュー。三者三様の個性を持った3名に対して、どのようなアプローチで楽曲を制作していったのか。さまざまな歌い手やアーティストに楽曲を提供してきたナナホシ管弦楽団が考える、ボーカリストとしてのVTuberの魅力、音楽作家としての面白さなどについて話を聞いた。(編集部)
兎田さんは圧倒的な「兎田ぺこら」という個を感じる
ーーナナホシさんはVTuberのカルチャーに対してどのような印象をお持ちでしたか?
ナナホシ管弦楽団:VTuber界隈が大きく盛り上がっていることは知っていたのですが、兎田ぺこらさんから楽曲提供の依頼をいただくまではそれほど詳しくはなくて。ただ、その頃にVTuber好きの友人が、宝鐘マリンさんの動画を薦めてくれたんです。それを観たら、たしかゴキブリがハチを捕食する動画を観て気持ち(性欲)を鎮めるという話をしていて……今まで見てきた世界はなんてちっぽけなんだと思いました。
ーーそれで興味を持つようになったと。
ナナホシ:でも、きっかけは兎田ぺこらさんだったかもしれないですね。兎田さんから依頼をいただいたときに、リサーチを兼ねて、(ホロライブの)3期生の皆さんの動画を観始めて、気づいたら沼にハマっていました。
ーー好んで観ているタレントさんや好きな動画の傾向はありますか?
ナナホシ:言葉を選ばずに言うと「口が悪い人」が好きです。言い方を換えるとギャップのある方。例えば普段は落ち着いた雰囲気だけど、ふとしたときに激情が見えてしまうタイプの人は、配信を観ていて楽しいので。あと、美学という意味での「性癖」をちゃんと持っている人が好きです。
ーーVTuberをキャラクターとして捉えて楽しんでいるのか、あるいは一人の人間として見ているのか。その辺りの認識も気になるところです。
ナナホシ:動画を見てスッと入ってくる人は、そこが一体化していると思うんです。兎田ぺこらさんはそうだと僕は思っていて。すごく腑に落ちるというか、バーチャルなんだけどリアルにそこに存在している感じがするんですよね。VTuberにとっては当たり前かもしれなくて、だけどとても難しいことを、違和感なく成立させる説得力がある。
ーーボカロPから音楽キャリアをスタートさせたナナホシさんにとって、ネット上を主戦場としているVTuberに親近感や文化的な近さを感じたりはしますか?
ナナホシ:それはありますね。空気感としては最初の頃のニコニコ動画みたいで、闇鍋感というか、結構バーリトゥードな感じがして。好きなことを本気で楽しんでやっている人がより注目を集める、大きな遊び場みたいな場所になっていると思います。観ている側には予想もつかないようなものが生まれているので。
ーーナナホシさんとホロライブの最初の接点は、兎田ぺこらさんの2作目のオリジナル楽曲「いいわけバニー」(2022年)になりますが、そもそもどのような経緯で楽曲提供されたのでしょうか。
ナナホシ:2021年の5月頃に、兎田さんご本人の希望ということで(ホロライブから)ご相談をいただきました。ありがたいお話でしたけど、最初は「何で僕に?」と思いました(笑)。それまで(VTuberの世界と)接点がなかったので。
ーー楽曲提供に向けて動画を観てリサーチされたとのことですが、その中で兎田さんはどんな方だと感じましたか?
ナナホシ:ときどき無茶苦茶なことをおっしゃっている場面もありますけど、根っこは王道の人なのかなと思いました。どんなトークをしていても、最後には予想通りであれ予想外であれ、気持ちいいところにちゃんと着地するんですよね。観ている側のふわふわした気持ちを回収してくれる。ハチャメチャでツイストした部分というのは、根っこのストレートさがあってこそハマるものだと思うんです。なので「いいわけバニー」も、全編通してハイテンションでわちゃわちゃしているけど、一番言いたい部分はストレートに歌ってもらおうと思って作りました。
ーー兎田さん側からは、楽曲についてどのような要望があったのでしょうか。
ナナホシ:リファレンスとして僕の楽曲をいくつか挙げていただいたのですが、それがセリフメインの曲だったので、そういう作りにしました。テーマとしては、ウサギの要素etcと、「どっちが好きなのよ?」的な女の子の気持ちを盛り込んでほしいと。あとは(兎田の)キャラクターにあまり寄せすぎず、「兎田ぺこらの楽曲だ、と一聴してわからなくても大丈夫です」と言われました。
ーーそれは逆に面白いオファーですね。
ナナホシ:でも、僕は最終的には(兎田ぺこらに)寄せたものを上げたんです。これはどのタレントさんに楽曲提供する場合も一緒なのですが、まずその人のファンと同じ目線にならなきゃいけないなと思っていて。なので兎田さんの配信もたくさん観て、好きになるところから始めたのですが、その結果、今回のテーマだったら思いっきり寄せた方がベストなんじゃないかと判断しました。
ーーファン目線として、ということですね。
ナナホシ:はい。なので、オーダーを無視したわけではないのですが、ギリギリのバランスを模索しました。「これは兎田ぺこらさんではなく、ウサギというキャラクターの属性に寄せて書いただけなので……」みたいに色んな屁理屈を並べさせてもらって(苦笑)。
ーーまさに「いいわけバニー」じゃないですか(笑)。それで言うと、兎田さんの最初のオリジナル楽曲「ぺこらんだむぶれいん!」(2021年)は、特徴的な笑い声を取り入れるなど、キャラソン寄りなアプローチだったと思うのですが。
ナナホシ:そうですね。でも、露骨になりがちな寄せた表現が上手く抑えられている歌詞だなと感じていて。なので「ぺこらんだむぶれいん!」よりも、さらにキャラソンっぽい方向にしようと思いました。例えばサビ後半の〈ダメダメダメ〉の部分は、兎田さんのかわいらしい部分を出せたと思います。それと2Aの後ろで「ぶんぶんちゃ♪」という「ぺこらっぷ」のフレーズを入れていて。あれも本当は寄せすぎなのでボツにするつもりだったのですが、自分が野うさぎ(※兎田ぺこらのファンの呼称)だったら欲しいなと思って。ダメ元で送ってみたらOKをいただけました。
ーー歌詞では、相手に気持ちを伝えたいけど伝えられない、少し遠慮がちな性格の女の子像が描かれているように感じました。
ナナホシ:その優柔不断な感じは、兎田さんご自身のオーダーに含められていたテーマで、そこから「二兎を追うものは一兎をも得ず」や童話の「ウサギとカメ」のワードを絡めた内容に広げていきました。セリフ入りの楽曲を作る場合、その人のキャラクターを分解して解釈するところから始まるのですが、その意味ではキャラが立っている方のほうが作りやすいんです。兎田さんは圧倒的な「兎田ぺこら」という個を感じるので、それが歌詞やサウンドにも表れたと思います。「静」と「動」をあわせ持っている感じといいますか。
ーー実際に兎田さんの歌声が入った完成音源を聴いたとき、どんな印象を抱きましたか?
ナナホシ:「ハマったな~」という感覚がすごくありました(笑)。僕は電波ソングのつもりで書いていたのですが、実際に音源を聴いたり、生誕祭(兎田ぺこら『お誕生日記念3rd Birthday LIVE』)で歌っているのを目の当たりにすると、ちゃんとアイドルとして成立している。単にウサギのキャラクターのVTuberが楽曲を歌っているのではなく、「兎田ぺこら」というアイドルがいることを感じました。
ーー改めて「いいわけバニー」は兎田さんにとってどんな楽曲になったと感じますか?
ナナホシ:「いいわけバニー」は決して今っぽい曲調ではないと思うんですよ。ともすれば20年くらい前のサブカルチャーで流行った電波ソングのスタイルなので。それを今のVTuberの最前線にいる兎田さんが歌うことに意味が宿ってくれたらいいなと。その後もいろいろな企画に挑戦されているのを観ていると、やっぱりすごく真面目な方なんだろうなと思うので、「いいわけバニー」がそういう挑戦的な部分のエネルギーになっていると嬉しいですね。