女王蜂 アヴちゃん&森山未來『犬王』の歌声が高評価 古典文学を“ロックスター”的ドラマに昇華した音楽の力

 古川日出男の小説「平家物語 犬王の巻」を原作とし、監督:湯浅政明、脚本:野木亜紀子、キャラクター原案:松本大洋、音楽:大友良英という座組みで制作された劇場アニメーション『犬王』が現在公開中だ。主演を務めるのは、女王蜂のボーカル・アヴちゃんと俳優の森山未來。室町時代を舞台にした物語で、アヴちゃんは異形の能楽師・犬王を、森山は壇ノ浦の漁村に生まれた琵琶法師・友魚を演じている。

 それぞれ別の形で呪いを受けた2人の少年=犬王と友魚は初めて出会った時に、自己紹介をし合うよりも先に、琵琶を鳴らし、音に乗って舞い踊ることで心を交わした。パートナーとなり一座を立ち上げた2人は、従来の能楽とは異なる新しい表現で「話も新しいし仕掛けもすごいが、何より舞いと歌が新鮮だ」と評判を集めることになる。その革新性を表現するため、能楽シーンで鳴っている音は和楽器メインではなく、エレキギター、エレキベース、ドラムによるバンドサウンドが主(時には弦楽器なども加わりオーケストラのようになる)。QUEENのオマージュもあるように、サウンドの質感としては1960~70年代のハードロックに近い。

 「拳を突き上げろ!」と煽りつつ、シンガロングやコール&レスポンスまで巻き起こす光景はさながらロックフェスで、派手な照明や大規模な舞台装置、バレエのようなダンス、プロジェクションマッピング的な演出も相まって、これぞ湯浅ワールドというべきステージングだ。奇抜で非日常的なパフォーマンスが観る人にもたらすのは、はち切れんばかりの高揚感。発狂に近いレベルで大衆を熱狂させる一座のスターぶりは、デヴィッド・ボウイやThe Beatlesなど往年のロックスターを彷彿とさせるものだった。

 歴史の流れの中で忘れられた人の魂の声を聞き、その物語を平曲として大勢の前で演じることで、怨念を供養していく犬王と友魚。悲しい運命を辿った魂に喜んでもらうためには膨大な熱量が必要であり、だからこそその演目は人々をぶち上げるものに成り得た。本作では“ロックスターが大衆を熱狂させる”痛快でドラマティックな光景や、その後、“ロックスターが政治や社会構造に殺される”様子が描かれている。本作のモデルとなった犬王は実在の能楽師だが、資料はほとんど現存していない。観阿弥・世阿弥の大成の影に消えた犬王の謎を、想像力で膨らませ、アニメーション映画として形にする行為もまた悲しい魂を慰める営みといえるだろう。

 さて、本作の大部分を占めるのが犬王と友魚の能楽パート、すなわち、アヴちゃんと森山の歌唱パートだ。これがとんでもなくエネルギッシュで、映画公開とともに話題になっている。

 あえて分類するなら、彼らの演目において犬王はシテ、友魚はワキで、基本的には“友魚の語りによる導入→犬王の歌唱による本編”といった構成が採られている。

 その構成上、友魚を演じる森山は、同じメロディを繰り返すパートを語るように歌うことが多い。ともすれば淡々とした感じになり、間延びしてしまうが、腹の底から出る力強い歌声はむしろ「いったいこのあとどんな物語が語られるんだ?」という期待を煽る。役作りで琵琶を練習したという森山は、琵琶を「フィジカルな楽器だと思った」と語っているが(※1)、森山のボーカル自体も肉体性を剥き出しにしたもの。どっしりとした構えの歌声からはもちろんバンドサウンドを率いるだけの腕っぷしも感じた。

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