アニメ『チェンソーマン』劇伴を担当するagraph 牛尾憲輔 物語に与える影響とその音楽性を紐解く

 アニメーション・絵・セリフの間隙を縫い合わせるように、またはシチュエーションを一気に引き立てるようにと、音楽に求められる役割はさまざまかつ重要。監督からのオーダーがラフに投げられ、作曲者本人には具体的にどんなシーンに使われるかが分かりづらいパターンもありうる。

 そういった不具合を防ぐためか、牛尾は監督とのコミュニケーションを密に図ろうとするタイプで、いくつかのインタビュー(※1)ではスタッフ陣とどのようなやり取りを交わしたかを明かすこともある。

 そうして牛尾が手掛けてきた劇伴は、彼にとってもっともパーソナルな制作活動ともいえようagraphの音楽性が垣間見えるものになっていた。

 例えば、丸井グループが制作したオリジナルショートアニメーション『そばへ』にて劇伴を担当した際、牛尾はループするコード進行を先に作り、そこに音を合わせていき、最後にメインメロディとなるピアノのメロディを制作している。

 カットアップされた福原遥の声、ピアノ、柔らかなビート音が、点描のように散り散りに現れていき、ピアノによるメインメロディとスネアドラムのドラミングが重なって、雨模様の移ろいを巧みに演出している。

 牛尾いわく、丸井グループのテーマであるインクルージョン(包摂)を意識して、さまざまな音が主題となるモチーフ(メインメロディ)を包むように配置したという(※2)。丁寧な音作りと演出、これは“シチュエーションを一気に引き立てる”手法といえよう。

 牛尾が手掛けた劇伴といえば、京都アニメーションで制作された映画『聲の形』『リズと青い鳥』の2作を思い出す人もいるだろう。2作で彼が表現したのは、まさしく“アニメーション・絵・セリフの間隙を縫い合わせる”ような音作りだ。特に『リズと青い鳥』は、机・椅子・呼吸音などに呼応するように、劇伴の音が反応していくような音楽だ。

 イメージボードやビジュアルイメージから着想を得ることが多いと語る牛尾。2作で監督を務めた山田尚子とは、両人とも感性が非常にマッチするようで、その制作も通常のアニメ作品で行なわれている制作とはすこし毛色が異なる。

 その先鋭的なやり口は、YouTubeの公式チャンネルに投稿されている動画からもうかがい知れる。『リズと青い鳥』では、音楽、絵、効果音、それぞれのタイミングをアンサンブルのように掛け合わせ、登場人物やシーンの盛り上がりを印象的に描写した。

『リズと青い鳥』メイキングVol.8 音楽シーン編集編

 「本作の音楽は彼女たちの心情を表現するのではなく、彼女たちを取り巻く“モノ”の視点、傍観者の視点で音楽を描かなければと思いました」(※3)という牛尾のアイデアを元に、北宇治高校のモデルとなっている学校を訪れて、音楽室のイスを叩いたり、窓をこすったり、生物室のビーカーをバイオリンの弓で弾いたりなど、様々な音をフィールドレコーディングし、それらを中心に組み合わせて制作されている。

 一聴すれば、短い音を繋いでおり、無音となる部分が数多く聞き取れるようにも思える、少しのノイズとピアノをまばらに弾いただけというようなトラックもあれば、管楽器でパッパッとだけ鳴らしたのみのトラックもある。

 だがこの無音と自然さこそが、多くのシーンを色づかせている。アンビエント、現代音楽、エレクトロニカを活かしたセンスと制作力、アニメ作品への高い理解力と愛があるが故に生みだせる作法だと言えよう。

 映像と呼吸感の間隙を縫いあわせ、情景や空気を演出する魔法がかかったサウンドメイクは、1枚の音楽作品として聴いてもリスナーの心の隙間を縫うように音が入り込んでくる。映画のために制作された音楽が、リスナーの生活にも彩りを与えてくれるというマジックは、完成度・構築力が高いからこそ生まれるのではないだろうか。

 そんな牛尾が劇伴を担当するアニメ『チェンソーマン』は、気鋭の漫画家・藤本タツキの代表作が原作で、主要キャラクターがあっけなく命を落とす描写も散見されるシリアスなダークファンタジー作品だ。バトル漫画だと割り切っていても余りにも非情であり、速すぎるくらいのテンポで進んでいくストーリーは、読み手の心に穏やかな心持やリラックスする余裕すらあたえない。

 注目はやはりバトルシーン、牛尾はどのような音楽をあてがうだろうか。これまでのキャリアを鑑みれば、電気グルーヴでの制作経験や『DEVILMAN crybaby』でのサウンドトラックで見られるようなエレクトロなサウンドがやはり多くなるだろうか。これまで書いてきたようなシーンやキャラクターの呼吸感や空気を縫うような音楽は、本作には入り込む余地がないように見えるが、新たなアイデアを本作に見出して制作していくのだろうか。非常に注目すべきところだろう。

※(1):映画「聲の形」牛尾憲輔インタビュー 山田尚子監督とのセッションが形づくる音楽https://animeanime.jp/article/2016/09/16/30521.html
※(2):https://animeanime.jp/article/2019/07/18/46992.html
※(3):https://cho-animedia.jp/article/2018/06/29/7235.html

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